禍話リライト「窓の骨」

 あ、そうそう、これ、ずっと話そうと思って、この三か月ぐらい忘れてたんですけど。

 Sさんの職場の近所にある雑居ビル。
 その一階にあるテナントには、骨があった。
 当然といえば当然だが、それは本物の人骨ではなく骨格模型である。
 ただ、それは学校の理科室に置かれているような本格的な全身骨格模型であり、サイズも大人の背丈ほどあるものだ。

 Sさんが骨格模型の存在に気付いたのは、ある日の退勤時だった。

 そのテナントは防犯上の関係か、店を閉めた後も店内の一部の照明を点けっぱなしにしていたという。そのため、窓に掛けられた薄いカーテン越しに、閉店後の店舗内の様子をある程度確認することができた。
 会社を出たSさんが何気なくそこに目をやると、白く朧げに見える無人の店舗の中に、こちらを向いた全身骨格模型のシルエットが浮かんでいる。

 Sさんは首を傾げた。
(え、不動産屋に…?)
 というのも、そのテナントに入居しているのはローカルチェーンの不動産屋なのだ。
(もしかしてこのお店の先代の方…?いや、そんなわけあるかいな)
 そんなバカげた発想が思い浮かぶぐらい、この状況は意味が分からない。しばらく頭を働かせてみたが、不動産屋が骨格模型を使うようなシチュエーションなど全く思い浮かばない。

(これ昼間どうなってるんだろ…)

 もちろん、わざわざ不動産店の店内に赴いてまで確認することはなかったのだが―ある時、たまたま昼間にそのビルの前を通りがかる用事があり、気になったSさんは窓越しに店内の様子を確認してみたそうだ。
 骨格模型があるはずの場所には、まるでそれを隠すかのような壁状の仕切りが置かれていた。
(…なんか…日光とかで劣化しないようにしているのか…?)
 ますますよくわからない。

 そうこうしているうちに、不動産屋の様子がおかしくなってきた。
 チェーンのイメージキャラクターを務めるタレントが変わったはずなのに、いつまで経っても店頭に出されている看板が新しいものにならない。ずっと先代のタレントが写った看板を掲示し続けている。
 あれ、何かおかしいぞ?と思った矢先、不動産屋は夜逃げ同然の形で閉店してしまった。

・・・

 不動産屋の閉店からしばらくして、そのテナントの入り口に、今度はデイサービス施設が入居する、という内容の告知が掲示された。
(まあ、こういう世の中だし流れは介護ビジネスだよね)
 通勤の度に改装工事が進行していく様子を目にしながら、Sさんはそんなことを考えていたそうだ。

 告知通りの日付にデイサービス施設がオープンし、そこから一カ月ほど経ったある日。
 退勤時に施設の前を通りがかったSさんは、何気なく営業終了後の施設の方に目をやった。
 不動産屋が入っていた時と同じように、室内の一部の照明が点けられたままで、カーテン越しに施設の様子をある程度確認することができる。窓に掛けられているカーテンは不動産店が入っていた時と同じもののように見えた。
(あ~、カーテンは同じの引き継いで使ってるんだな…)
 そんなことを思いつつ朧気に見える室内に目を凝らすと、骨格模型が置いてあるのが見えた。

 考えてみれば、確かに介護施設に骨格模型が置いてあるのは不自然ではない。この施設ではリハビリテーションも行っているので、例えば「○○さんはここの骨の調子が悪くて…」などと利用者の体の様子を説明する際に骨格模型を利用する、ということは全然あり得る。
 少なくとも不動産屋と比べたら、そこにそれがあるのはおかしくない。
 だとしても。

(…え、使い回し?)

 その骨格模型は、背格好や置かれていた場所から見るに、どう考えても前に入居していた不動産屋にあったものと同じだったという。

(え~…前の不動産屋からガイコツだけ譲り受けたってこと?そんなことあるかなあ…)

 あまりにも不思議だったので、職場の後輩のH君に一連の経緯を説明し、二人で連れ立って営業終了後の施設を見に行ったことがあったという。

「ほら、見てみ」
「わ、ホントだ。何これ?」
「なんか…わけわかんないよねえ」
「そうですねえ、それにこれ、変ですよ」
「変?」
「ほら、だって普通こういうのって、ちゃんと正面を向くように置かれるじゃないですか。これ、横向いてるんですよ」

 H君の指摘によって、骨格模型が極めて不自然な置かれ方をしていることにそのとき初めて気付いたそうだ。
 もしもこの骨格模型が本当に施設利用者の説明のために使われているのならば、室内に向かって正面を向いた状態、つまり壁に背を向ける形で設置されていなければならない筈だ。しかし実際には骨格標本は壁際に、左を向いたかたちで置かれている。
「え、本当だ!今気付いたわ」
「う~ん…なんかこういう形で仕舞ってあるとかですかね?」
「いやあ…違うんじゃない?」
 昼間に骨格標本を利用するときは別のところに置いてあって、使わないときはここに移動させられているのではないか、という考えも一瞬過ぎった。
 しかしカーテン越しに見える室内は広く、スペースにもかなり余裕がある。周りにごちゃごちゃと他の物が置かれていてそこにしか骨格模型を置けない、というわけでもない。
 わざわざこの場所に、しかも横を向かせて骨格模型を置く理由が分からない。
 その日は二人で首を傾げながら帰ったという。

 それから一カ月ほど経ち、そんなやりとりをしたこともすっかり忘れた頃。
 Sさんは退勤時に、また何気なく施設の方に目を向けた。
 骨格模型の周辺に―まるで骨格模型を挟むような形で、様々なものが置かれているのが見えた。
(…いや、なんで?)
 ただでさえ奇妙な状況なのに、もはやこうなると意味が分からない。
(え、じゃああれって結局使ってないってこと???)

 Sさんは数日後の退勤時に、再びH君と連れ立って改めて様子を見に行った。
「…な?」
「え~?これどういうことなんですかね?」
 再び二人で首を傾げつつ、Sさんは自分なりの推測を口にした。
「…だからさ、俺思ったんだけどさ、これ不動産屋から引き継いだ時にさ、こう…この模型は動かさないでくれ、って言われたんじゃないの?」
「ああ…でもこれ、動かしちゃってますからね」
「そっか。横向かせちゃってるもんね」
 そういえば、不動産屋が入っていた頃にはこの骨格模型はちゃんと室内を向く形で置かれていたのだった。
「…でも、動かしていいんだったら倉庫とか入れればいいのにね」
「なんか…よく分かりませんねえ」

 そのやりとりからしばらく経ったある日。
 デイサービス施設で死者が出た。

 亡くなったのは施設に通っていた高齢者の男性だった。
 しかし、その亡くなり方というものがどうにも奇妙で、例えるならば乳児の「うつぶせ死」のようなことが起こったのだという。
 しかし、乳児の「うつぶせ死」はあくまで乳児特有の様々な事情が原因で発生することであり、大人が短時間うつ伏せで寝たからといって死亡事故にすぐ繋がることはあまり考え難い。
 もっと言えば亡くなった男性は前日まで普通に元気に過ごしており、体調が悪かったというわけでもなかったそうだ。
 にもかかわらず、うつ伏せのまま事切れている状態で見つかった…らしい。
 兎にも角にも、その事故をきっかけにデイサービス施設は廃業を余儀なくされた。

・・・

 夜逃げ同然の円満ではない閉店、死亡事故が原因の廃業、と不吉な出来事が立て続けに起こった物件には流石に誰も入居したがらないらしく、そのテナントはデイサービス施設の廃業以降はずっと空きテナントのままだそうだ。

 しかし。夜になるとそのテナントは相変わらず一部の照明が点いている。
 そしてすっかり空になった室内にあの骨格模型だけが、ちゃんと正面を向いた状態で置かれているのだという。

 Sさんは退勤時にその風景を目にしながら、やはりこの骨格模型を粗雑に扱ってしまった人たちは不幸な目に合うのではないか…と密かに思っているのだそうだ。


◇この文章は猟奇ユニット・FEAR飯のツイキャス放送「禍話」にて語られた怪談に、筆者独自の編集や聞き取りからの解釈に基づいた補完表現、及び構成を加えて文章化したものです。
語り手:かぁなっき
聞き手:加藤よしき
出典:"禍ちゃんねる 泥酔スペシャル"(https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/520622316)より
禍話 公式twitter https://twitter.com/magabanasi

☆高橋知秋の執筆した禍話リライトの二次使用についてはこちらの記事をご参照ください。