禍話リライト「女と子供のビデオ」

 本当にあの、嫌がらせの可能性…誰かが悪戯で作った可能性があるんで、これ。そういう動画。

 Uさんには「本番に弱い」性質があるのだという。
 試験会場の空気にあてられて知らず知らずの間にアガってしまう。そのせいで、どんなに予習をしていても本番の試験で必ず普段ではやらないようなケアレスミスを犯してしまう。試験後に自己採点をしてみると、「どうしてこんな間違えをするんだ…?」と自分で首を傾げてしまうような間違いをしている。

 そのせいで、Uさんは大事な試験に繰り返し落ち続けた。
 一回目は、まあこんなもんか、となる。
 二回目も、あーまたやっちゃったな、となる。
 問題は三回目だった。
 二回目ぐらいまでは…当然ショックではあるが、それでも何とか受け入れて乗り越えられる余裕があった。
 しかし三回目ともなると、同じようなミスで繰り返し失敗している自分自身のことを流石に受け入れ難くなる。
 そのせいでUさんは精神的に病んでしまい、インターネットに入り浸るようになった。

 はじめはエロ動画ばかりを見ていた。
 しかし、性欲の解消ではなく現実逃避の手段としてエロ動画ばかりを見ていると、徐々に関心が底を付いて感覚も麻痺してしまい、やがてどんな動画を見ても何も感じなくなってしまったという。
 代わりに見始めたのが、アクシデント系の動画やグロ系の動画だった。
 さまざまな事故。
 グロテスクな見た目の生き物。
 サメが撮影者を襲う瞬間。
 野生動物の死にざま。
 いつしかUさんは、そういったアブノーマルな状況を収めた動画群を見て時間を潰すようになっていた。

 見ている動画のレパートリーにホラー系の動画が混ざり始めたころ。
 Uさんがいつものようにインターネットを回遊していると、一軒の動画サイトを見つけた。

 非常に雑なつくりの海外サイトだったそうだ。
 例えるならば、サイトの名前にわざわざ「Most Fearful Scary Videos!」などと掲げられているような、「明らかにこれはしょぼいだろう」ということが一目見ただけで分かるような…そんないいかげんなサイト。
(あ~、これ系か…)
 Uさんは半ば呆れつつも、一通りサイト内を探索してみる。

 凡そ想像通りだった、という。
 よく分からないことをやっている素人を撮影した動画や海外のテレビ番組で放映された衝撃映像、あるいは日本の「ほん呪」辺りからパチってきたと思しき心霊映像。そういった転載系・無断アップロード系の動画が無造作に列挙されているだけの、海外のいい加減な動画サイトにありがちな内容。
 もちろん、映像はどこかで一度は見たことがあるようなものばかり。そして、どれもがガビガビな低画質。

 しかし。
(ん?)
 その中に一つだけ、気になるサムネイルがあった。
 低画質の転載動画だとすぐわかるサムネイルが並ぶ中、その映像のサムネイルだけ妙に画質が良かったのだ。
 再生してみる。

 海外の動画だった、という。
 ただ、どこの国で撮影されたのかまではわからない。
 映像の音質があまり良くないため、辛うじて分かるのは「喋っている言語がどうやら英語ではないっぽい」ということだけだった。

 固定カメラで撮影された、小学校か何かのイベントの一環として行われている記念撮影の様子…に見えた。
 子供たちが何人も集まっていて、その中に引率の先生と思しき大人の姿―男性と女性が一人ずつ―があるのがわかる。

 しかし、何時まで経っても写真撮影が始まらない。
 そもそもの撮影状況もよく分からないうえに人々が何を言っているのかも全くわからないので映像の雰囲気で察するほかないのだが、どうやら「別の用事でどこかに行っている子が何人かいて、その子たちが撮影現場に戻ってくるのを待っている」ような感じがあった。

 …その状況が延々と続く。
 しばらく動画を眺めるが、一向に何の展開も起きない。

(…何だこれ?)
 Uさんは最初、ドッキリ系の悪戯映像なのかと思ったそうだ。
 何気ない景色や注目を惹くような内容の映像を流して、しばらく経ったところで出し抜けに大音量の悲鳴と『エクソシスト』のリーガンの顔のドアップを映す―そういった不意打ちでジャンプスケアを仕掛けるタイプの悪趣味な動画。
 なので若干身構えて映像を見続けるものの。

(…いや、それにしちゃ長えな?)

 Uさんは三分か四分ぐらい映像を眺め続けていたのだが、まるっきりそのままだったという。
 子供たちは一向に始まらない写真撮影にそわそわしている様子が見て取れるが、会話を交わしたり引率の先生の様子を伺ったりしつつおとなしく待ち続けている。
 しかし待っている誰かが戻ってくることはないし、写真撮影も始まらない。
 相変わらず音声もちゃんと聴き取れない。せめて何語かぐらいは分かったら、と思うがそれも叶わない。

(…本当に、何だこれ…?)

 飽きてきたUさんは、やがて別のウィンドウで他のサイトを見始めてしまった。
 掲示板で人々が罵詈雑言を投げ合っているのを眺めたり。
 様々なニュースとそれに対する人々の反応を眺めたり。
 そうやって時間を潰しているうちに、当時Uさんが関心を寄せていた話題を取り上げているページを見つけたため、つい熱中して読みふけってしまった。
 ある瞬間、不意に気付く。

(音、変わってなくね…?)

 Uさんが掲示板を眺めたりニュースサイトを眺めたりしているあいだもバックグラウンドでは例の動画が流しっぱなしになっており、故にイヤホンからは動画の音声が絶えず流れ続けていた。
 その音声に、全く展開がなかったのだという。
 あまりに変化のない音声が流れ続けていたため、他のサイトを見ている間に脳が音声を環境音として認識してしまい、その存在を忘れてしまったようだ。

 ディスプレイの左下の時計を確認する。動画を流しっぱなしにしつつ別のウィンドウを開いてから、十分程度の時間が経っている。
(え、こんなに時間経ってんのに何も変わってないの?というか、まだやってたんかい)
 気になったUさんは、改めて動画のウィンドウを開いた。

 映像が子供たちを遠景で写した様子から、女性の顔を大写しにしたものに変わっていた。

(うぉっ!びっくりしたあ!)
 一瞬面食らったものの、冷静になってみて見ると、その女性は恐らく映像に映っていた引率の先生と思しき人物だ、ということが分かってくる。
 どうやらバックグラウンドで映像を流している間に、映像が子供たちの様子を映した遠景から引率の先生の女性の顔へと徐々にズームインしていったのだろう、と予想できた。
 よく見てみれば、女性の顔の映像は画質が妙に荒い。カメラのデジタルズームか、あるいは映像を編集で無理矢理拡大したのか。
 バックに流れている音声は、相変わらず子供たちの会話の様子。

(…なんじゃこら?バカバカしい…)
 冷静になればなるほど意味が分からない。
 確かにUさんは一瞬驚いたが、よく考えたらこれは動画を放置して他のサイトを見ていたらいつの間にか画角が大きく変わっていたことにびっくりしただけだ。
 もしこの映像をちゃんと見ていたら、それは恐らく「集合写真の撮影現場を遠景で映した映像が徐々に引率の先生にズームアップしていく」だけの内容である。何が怖いのか、全く分からない。
 シークバーを確認すると、まだ数分だけ映像が残っている。面倒になったUさんは、早送りで残りの映像を確認した。

 結局、映像は女性の顔の大写しにしたままで終わっていた、という。
 音声も同様だ。人の叫び声が大音量で流れることもなく、全く変化の無い子供の会話のまま。
(なんか…変なの)
 なんとも据わりの悪い呆れを抱えたまま、Uさんは動画を閉じた。

・・・

 Uさんは翌年挑んだ四回目の試験に受かり、それに伴って精神もすっかり回復した。

 ある日、知り合いと一緒に酒を飲み交わしているうちに「ネット上で見てきた動画」の話になった。
 そこでUさんは、あの妙な記念撮影の動画の存在を思い出した。
「あのさ、昔すごい変な動画を見たことがあってさ…」
 いつまで経っても始まらない記念撮影。変化がない音声。女性の顔の大写し。
 一通り動画の内容を説明し終えたところで、同席していたTさんが口を開いた。

「…それ知ってるかもしれない」
「え?」
「多分だけど、□□□□で撮影された動画でしょ?それ」

 Tさんが言った撮影場所は、例えば「ドイツ」や「アメリカ」といったすぐわかるようなものではない、マイナーな国の名前だったという。
 正直な話、Uさんにはよく分からなかった。
 ただでさえ酒が入っていて頭もあいまいになっている。
 というか、知らん。
 しかし、素直に「いや~、わからないっすね、それどこっすか?w」とも言えず。
「え、あ~、うん。そうそう。□□□□ね~…」
 と適当に話を合わせたそうである。

 Tさんは話を続ける。
「それ、知り合いのWが見たことあるらしいんだけど…、多分Uが見たのは編集されてるやつだよ」
「え、編集?」

 Tさん曰く。
 例えば過去の映像に現在は権利上の問題などがあり写せない人や物があった場合に、映像を若干拡大してトリミングし、その「写せないもの」だけをカットする手法がある。
 Uさんが見た映像は、その手法を使って「周囲の写しちゃいけない部分を削除した」バージョンなのではないか、という。

「え、…でもなんで?」
「…その映像さ、多分元になったやつをその…Wが見たことあるらしくて。私は見たことないんだけどさ…まずなんかこう…学校の名前っぽいのが出てきて、そこにその…学校の名前と、”なんたらIncident”って書いてあるらしくて」
「い、Incident?もう単語からしてヤバいやつじゃん」
「だよねえ。それで、ずっと音声が変わんなかったって言ってたじゃん?あれも…音声が、わざと何も起こってない部分をずーっとループしてあって。だから音声では分からないんだけど、気付いたらヤバいことが起こってる、みたいな作りにしてあるらしくて」
「え、だから音声がずっと同じなの!?」
「そう…なんじゃないかなあ。それで…まあ何が起こるか、ってところは私も詳しい話は聞いてないんだけどさ…とにかくヤバかったみたいで。Wはその動画見たのがきっかけでグロとかダメになっちゃったって言ってたし…だからUが見たのって、その動画の多分まだまともなバージョンだよ」
「え、ええ~?」

 後にUさんはTさんから聞いた話や国名を基にしてネット上でいろいろと調べてみたものの、その動画に関する情報を掴むことは出来なかったという。
 そのため、もしかしたら件の動画は極めて狭いコミュニティで流通していたものだったのかもしれない。

 兎にも角にも、UさんはTさんの話を聞いて
(よ、よかった~!)
 と思ったそうである。

 ただ。
 Uさんには一つだけ未だに気になっていることがある。

 それは映像の最後で延々と大写しになっていた、女性の表情だ。
 Tさんの話を信じれば、あの女性の周りには何か想像を絶するようなおぞましい状況が広がっているはずである。
 しかし女性の表情は恐怖に歪むことも、発狂した様子を見せることも無く、終始、平然とした様子を崩すことが無かった。

 あれは一体、どういうことなのか。
 それがずっと引っかかり続けているのだという。


◇この文章は猟奇ユニット・FEAR飯のツイキャス放送「禍話」にて語られた怪談に、筆者独自の編集や聞き取りからの解釈に基づいた補完表現、及び構成を加えて文章化したものです。
語り手:かぁなっき
聞き手:加藤よしき
出典:"禍話インフィニティ 第三十二夜"(https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/787991409)より
禍話 公式twitter https://twitter.com/magabanasi

☆高橋知秋の執筆した禍話リライトの二次使用についてはこちらの記事をご参照ください。