禍話リライト:こっくりさん三題「誰もいないが」「下校時間!」「この十円で」
皆さんはこっくりさんをしたことがありますか?
*
誰もいないが
年号がまだ平成だった頃、とある学校で起こった話である。
放課後の職員室。
先生たちは雑談に花を咲かせていた。
「今の子、本当に丸くなったよね」
「ほんと!今日も何も無かったしなあ。前と比べたら全然叱ること無くなったもん」
「最近の子たち、校則めちゃくちゃ守るもんね。スカート丈とか髪の毛も全然だよ。昔の子は本当に荒れてたんだけどなあ。何が違うんだろ」
「やっぱさあ、年号変わったからじゃない?昭和と違うんだよ、色々と。平成の…」
「新世代ってやつ?」
「そう、それ」
「というかもうここまでくると、逆に昭和が酷かったんじゃないの?」
「あー、それも一理あるかも」
昭和の頃と比べて、最近の子供たちがいかに聞き分けがよく穏やかか。
そんな話題で盛り上がっていた、その時。
一人の女子生徒が、職員室の扉を開けて叫んだ。
「先生!教室でなんか変な音がしてます!」
(お、告げ口系の子だ。つーかタイミング良いなあ…)
N先生は雑談を切り上げ、彼女に対応する。
「え、変な音って何?」
「いや…」
女子生徒は通学鞄から生徒手帳を取り出すとパラパラと捲り、校則が印刷されたページを見せてくる。
「校則の…ここのところに、”こっくりさんは禁止”って書いてあるじゃないですか。なんか…こっくりさん、やってる人たちがいるっぽいんですよ」
「え、今時!?」
N先生は思わず声に出して驚いてしまった。
昭和のオカルトブームから何十年も経ったこの平成の世で、まさか今更こっくりさんをやる生徒がいたというのか。
というか「こっくりさん禁止」って校則、まだ残ってたのかよ。
今度の職員会議で「この校則いい加減なくしませんか?」って話題出さないとな…。
そんなことを考えつつ、女子生徒に応対する。
「え、すごいな。まあ…止めに行くか、校則違反だし。で、どこでやってるの?」
「えっと、第二理科室…あ、あそこです」
女子生徒が職員室の窓の外に見えている、第二理科室を指差した次の瞬間。
パァン!
その第二理科室の窓が割れた。
内側から強い力でガラス窓に何かを叩きつけたのであろうか、破片が建物の外に勢いよく飛び散っていくのが見える。
「え!?」
「いやタイミング良すぎだろ!」
職員室は騒然となり、N先生を含めた何人かの教師が第二理科室へと急行した。
しかし。
第二理科室の中には誰もいなかった。
ただ。
机を寄せ合って、複数人の人間がこっくりさんをしていたような、そんな痕跡だけが残っていた、という。
なお、割れた窓の下に生徒がいたら大惨事になりかねない出来事だったが、幸い窓の下は生徒も教師もほぼ立ち入らない中庭だったため、怪我人は一人も出なかったそうだ。
下校時間!
七十年代に、ある小学校で起こった話。
教育指導のG先生が放課後の見回りをしていると、一つの教室から生徒たちが騒いでいる声が聞こえる。
「こんな時間に何やってるんだ!早く帰っ…」
教室の扉を開けたG先生が見たのは、真っ暗な教室の中、数人の女子生徒が机の前で泣き叫んでいる光景だった。
「おい!お前らどうした!」
急いで駆け寄ると、一人の女子生徒が涙でぐずぐずになった顔を上げてG先生に訴えかけた。
「先生~!こっくりさんが帰ってくれないんです!」
「こっくりさん?なんだ、見せてみろ」
彼女達が囲んでいる机の上には見覚えのある紙が広げられており、皆その上に置かれた十円玉に指を乗せていた。
「見ててくださいね、…こっくりさん、こっくりさん、お帰りください!」
確かに彼女たちの言う通り、十円玉は「いいえ」の方向へと動いていく。
「さっきからずっとこうなんですよ…どうしよう…」
(えぇ…なんか思ってた状況と違うぞ…?あ、でも確か理科のU先生が、こっくりさんってのは自己暗示かなんかでああなってるんだよ、みたいなこと言ってたよな…そういうことなんか…?)
若干の困惑を覚えるG先生の目の前で、
「お願いです!お帰りください!」
また十円玉が「いいえ」の方向へと動いていく。
「どうせお前らの中の誰かが悪戯で動かしてんだろ?あのなあ、いい加減…」
そう言いながら彼女たちの手を掴んだ瞬間、違和感を覚えた。
十円玉にかかっている力が強すぎるのだ。
とても小学生女子数人が出しているものとは思えない強い力で押し返される。
G先生は体育教師だった。
だからわかる。
筋肉の構造上、この十円玉には「指を乗せているだけ」では有り得ない量の力が掛かっている。
「こっくりさん!お帰りください!」
十円玉は再び「いいえ」の位置へと動いていく。
「あのなあ、いい加減しろよ!もうやめろ!」
G先生は動揺を隠すために怒声を上げつつ、十円玉を動かす手を力を込めて掴む。
しかし、あまりの力の強さに全く太刀打ちが出来ない。
十円玉を「いいえ」以外の場所に動かすことすら儘ならないのだ。
(え、ええ?これどうすればいいんだ?)
G先生は、いま自分は長い教職員生活のなかで初めて体験するタイプのピンチに対面しているということを、そこでようやく自覚した。しかもその原因がこっくりさん。流石に混乱する。
(とはいえなあ…俺の教師としての威厳にもかかわるぞ、コレ…どうしよう?)
暫くどうすればいいか悩んでいると、不意にピンと来た。
(いや、待てよ?これ、真正面から「帰れ!」って言ってみたらどうなるんだろう?多分こいつらも「お帰りください」って下から頼んでいるだけで、それはやってないよな…?)
そこでG先生は、こっくりさんに向かってガチギレをしてみた。
本当に酷い悪戯をした生徒を叱るときのような―
「お前なあ!!!下校時間なんだから帰れェッ!!!!!!」
すると。
十円玉が「はい」の方向に動き、生徒たちの指からふっと力が抜けた。
(…いや、これで帰るんかい!!!)
それでこっくりさんが本当に帰っちゃった、という。
「…よし!こっくりさんも帰ったんだから、お前らも帰れ!」
「え、先生凄い!!!」
「わ~!!!先生ありがとう~!!!」
自分に対して、心の底からの感謝を表しながら教室を出ていく女子生徒たちを見送る。
(なんかよく分からないけど、解決したなあ…)
・・・
「…いや、こっくりさんが”下校時刻だから帰れ!”ってどやされて帰るかよ、っていうね。だから本当にアレは自己暗示みたいなもんなんかな、って思うんですけど」
G先生は笑いながら語る。
「でもねえ…子供たちじゃ絶対に出ない力が出てたのは確かなんですよ。あれは本当に何だったんですかねえ。自己暗示であそこまで行くもんなのか…」
この十円で
関西地方にある高校で起きた話。
そのクラスでは、こっくりさんは「毎週金曜日にだけ行われるイベント」になっていたそうだ。
以前は曜日も特に決めず、様々な生徒が毎日のようにこっくりさんに興じていたという。
しかし連日こっくりさんに興じているうちに、全くこっくりさんが来ない日があったり、あるいはこっくりさんが来ても
「わ…む…ほ…いやなんだこれ?」
質問に対する回答の精度が異様に低くなったり。
何日も連続でこっくりさんを呼び出していると、イベントとしてのクオリティにバラつきが生じてしまうことに気付いたそうだ。
更に。
「こっくりさんって、連続でやると良くないらしいんだよね…」
霊感があるという子が、神妙な顔でそんなことを言い出した。
そこである時、「金曜日にだけこっくりさんをやる」ことにしてみたら。
これがすこぶる調子が良かったのだという。
金曜日ならば必ずこっくりさんがやって来るし、質問に対する回答もちゃんとした文章の形で返ってくる。
こりゃいいや、ということになり、「こっくりさんは毎週金曜日だけやる」というルールが出来たのだそうだ。
そのため、クラスの生徒たちはみんな金曜日が来るのを心待ちにしていたそうである。
「いや~、早く金曜来ねえかなあ!こっくりさんやりて~!」
中には禁断症状が出ている奴までいた。
その中にあって、Hさんはあまりこっくりさんに興味が持てずにいたのだが。
ある木曜日。
「ねえ、Hもやってみない?」
「え?」
「こっくりさん。丁度明日金曜日だし!」
唐突に友達にこっくりさんに誘われた。
「それにみんな来るし。一回ぐらい来てくれても良いじゃん!」
(みんな来るしって…多数決の世界だなあ…。…まあ、断る理由もないし一回ぐらい参加してみてもいいか)
「…わかった。明日だよね?行くよ」
「やった!明日のこっくりさん、Hちゃん来るって!」
「え、嘘!?やった~!」
仲のいいクラスメイト達が、意味不明に喜んでいる。
(…いや良いんだけど、こっくりさんってそんなに盛り上がるもんかね…?)
その翌日、金曜日。
Hさんが目を覚ますと。
(…あれ?)
Hさんは昨夜、寝る直前まで勉強をしていた。
寝る前に綺麗に片付けるのが億劫だったので、ノートなどの勉強道具一式を出しっぱなしにして、そのまま寝た。
そのはずなのだが。
机の上が綺麗に片付いている。
(え、寝てる間にお母さんが来て片付けてくれたとかかなあ?…いや、夜はお母さんも寝てるでしょ…)
そんなことを考えながら机に近付くと。
隅の方に十円玉がひとつだけ置かれていた。
(ん?)
手に取ってみる。
それは普通の十円玉ではなかった。
とにかくボロボロなのだ。
路上に落ちた状態のまま誰にも拾われず、車に数回轢かれたような―そう考えないと説明が付かないぐらいの深い傷があちこちに付いている。
(…何これ?)
そこで急に思い出した。
そういえば、今日みんなでこっくりさんやるって言ってたな。
…あ、もしかしてこれ、「この十円玉でこっくりさんをやれ」ってことかな?
なんとなくそう感じたHさんは、全く出所の分からないボロボロの十円玉を懐に入れて登校した。
放課後。
こっくりさんをするために集まったクラスメイト達に、何も言わずに例の十円玉を見せると、場が一気に盛り上がった。
「え~!十円玉持ってくるなんて気合入ってるじゃん!」
「いや、まあ…」
「え、すげえ!よくこんな古そうな十円玉持って来たね。雰囲気出る~!」
こっくりさんが始まる。
儀式は滞りなく進み、いくつかの質問に答えてもらった後に。
「こっくりさん、こっくりさん、お帰りください」
十円玉が「はい」の位置に動いて、全てが問題なく終了した。
皆が片付け始めたときに。
「あ~、実はさあ今日持ってきた十円玉ね…」
Hさんは、そこではじめて十円玉が「朝起きたら部屋に置かれていた、身に覚えのない十円玉」だったことをクラスメイト達に明かしたという。
その場が騒然となった。
「え?何それ!?」
「めちゃくちゃ怖いじゃん!!!」
「いや、ヤバいだろそれ!」
それがきっかけで、毎週金曜日のこっくりさんは中止になったそうだ。
「なんか、そこまでウェルカムなこっくりさんは嫌だ、みたいなことをみんな言ってたんですよね」
Hさんは首を傾げる。
「でもねえ、私がその話する前はあんなに盛り上がってたし、それにそんな…いきなり十円玉が出てきたぐらいであんなに騒ぐのって、散々呼びつけたこっくりさんに対して失礼なんじゃない?って思いますけどね…」
◇この文章は猟奇ユニット・FEAR飯のツイキャス放送「禍話」にて語られた怪談に、筆者独自の編集や聞き取りからの解釈に基づいた補完表現、及び構成を加えて文章化したものです。
語り手:かぁなっき
聞き手:佐藤実
出典:"禍ちゃんねる ただ、話すだけスペシャル"(https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/545178847)より
禍話 公式twitter https://twitter.com/magabanasi
☆高橋知秋の執筆した禍話リライトの二次使用についてはこちらの記事をご参照ください。