高橋知秋
禍話リライト「庭の車」

禍話リライト「庭の車」

高橋知秋

これねぇ、みんな気を付けて欲しいんだけど。

*

 これを読んでいる人、特に、一戸建ての家に住んでいる人。
 もし、明け方―午前三時か四時ぐらいに家の外から車のアイドリング音が聞こえたら…しかも、普段は聞こえないような場所から聞こえたら、どうするだろうか。
 外で何が起こっているのか気になっても、確認するのはやめた方がいいかもしれない。そういう話である。

・・・

 かあなっきさんと同い年ぐらいの人が小学校高学年の頃に、当時住んでいた家で体験した話。

 その日、彼は一人で留守番をしていた。
 彼の両親は共働きだったらしく、お父さんもお母さんも夜勤。同居しているおばあちゃんも、たまたま老人会かなにかの旅行に出かけている。
 とはいえ、そのとき既にだいたいの家事は一人で出来るようになっていたので、特に支障はなかったという。
 夜になったので自分で作った夕飯を食べて、しばらくだらだら過ごす。そうこうしているうちに寝る時間になり、寝支度をして、二階の自室で眠りに就いた。

 明け方。車のエンジン音で目が覚めた。
 家の外に車が停まっているのだろうか。普段はちょっとやそっとの音じゃ目が覚めないタイプなのに、などと思いながら、布団の中でアイドリング音に耳を澄ます。
 …すぐに違和感を覚える。この家の敷地内には駐車場があるので、最初はそこに車が停まっているのかと思った。しかし、車が駐車場に停車する際に聞こえる音といま聞こえている音は、少し響きが違うのだ。
(…これ、うちの庭から聞こえないか?)
 しかし、駐車場と庭は繋がっていないため、車が庭に乗り入れることは不可能なはず…。

 気になる。
 体を起こし、ベランダに出て、庭を見下ろす。

 果たして、ベランダから見えた庭にはミニバンほどのサイズの、大きめの車がすっぽりと収まっていた。

(…いやいや、どうなってんだこれ?)
 先ほども書いたように、この庭は駐車場とは繋がっていない。また、庭は塀に囲まれていて、そこに道から直接車を乗り入れられるようなサイズの隙間はない。なので、もしも庭に車を置くとするならば、家の門なり塀なりを壊して入れるしかない。
 しかし、ベランダから見る限りでは…駐車場の脇にある人が通るためのスペースやそこに備え付けられた扉も、家の門も、塀も、どこも壊れていない。
 …この車は一体どうやってここに入ってきたんだ?そもそも、この車はうちの庭で一体何をやっているんだ?

(寝ぼけてんのかな…それとも夢かな?)
 そう思って、自分の頬にビンタを食らわす。…普通に痛い。
 ならば、とベランダから室内に戻り、部屋を出て一階に降りる。そのまま台所に行き、コップに水を注いで飲み干した。
(…バッチリ目ぇ覚めてるんだよなあ…)

 一階の窓から庭を覗く。
 何度見ても、やはりそこには確かに車が停まっている。
 …ベランダからはよく見えなかった車内の様子が、はっきりと見えた。
 運転席、助手席、そして後ろにある何組かのシート。その全てに人が座っている。言わば満席の状態で、この車に乗り込める定員の限界に近い人数が乗り込んでいるように見えた。
 そして乗っている全員がなにもせずに、ただまっすぐ前を見つめている。
(なんだあれ…気持ち悪ぃ…)
 目の前に広がる状況の異様さがなんだか怖くなってきたので、足早に二階の自室へと戻った。

 しかし部屋に戻ったところで、寝れるわけがなかった。さっき見たものが気になってしょうがないし、外からはずっとアイドリング音が聞こえているのだ。
 いかんともしがたい気分で過ごしていると、不意に静寂が訪れる。
 …アイドリング音が止まった。
(…いなくなったのかな…?)
 そう思って、再びベランダに出てみる。しかし、眼下の庭にはまだ車が停まっていた。
(えー全然いるじゃん…エンジン止めただけ?なんだよ…)
 そんなことを思った次の瞬間。
 がらり、と後部座席のスライドドアが開く音がして、車内からわらわらと人が降りてきた。
(うわっ…!)
 車からかなりの人数が降りてくるのが見えた。なのに、スライドドアの開く音以降、辺りはしんと静まり返っている。あれだけの人数が車から降りているのに、”人間の立てる物音”が一切聞こえない。

 直感的に思った。
 あいつらは、こっちに来る。

 慌てて室内に戻りベランダのサッシを閉め、そのまま床に敷かれた布団の上を通り過ぎて、目の前にある押し入れの中に潜り込み、襖をぴしゃりと閉めた。

 …押入れの暗闇の中に身を潜めると、外からノックの音が聞こえ始めた。
 そのノックは拳でどんどんと力いっぱい殴りつけるようなそれではなく、例えば目上の人がいる部屋に入るときに礼儀として行うような…そんな軽い感じの上品なノックだった、という。

 その上品なノックが、家じゅうのありとあらゆる壁や窓を叩いている。

 猛烈な恐怖に襲われながら決意する。
(ここから絶対に出ない!)
 もう朝の五時ぐらいだろうし外に人がいてもおかしくない、誰かがこの状況に気付いて警察などに連絡してくれないだろうか…子供なりにそんなふうに祈っているうちに、あることに気付いた。

 家全体を包むノックの音。
 その中に、”二階の窓や壁を叩いている音”がある。
(…え?二階の壁を?窓を?どうやって?梯子とかを使った?いやノック以外に何の音もしなかったよな?あれ…これって…)

 …お化け?

 そんなことを考えているうちに、ノック以外の音が聞こえていることにも気が付いた。
 さーっ、さーっ、ざーっ、という、滑らかな音。

 これは…いま自分が隠れている押し入れの襖を、誰かが撫でている音だ。

 そのことに気付いた瞬間、心も体も恐怖に耐えられなかったのか、そのまま気を失った。

 …どれぐらいの時間が経ったのか。
「…あんたどこで寝てんのよ」
 母親の声が聞こえた。
「なんか変な夢でも見たの?」
 目を開けると、いつの間に帰宅していたのか、呆れた顔でこちらを覗き込む母親の姿があった。
 すぐさま押し入れから飛び出し、明け方の体験を興奮気味に母親に話してみるものの、まともに取り合ってくれない。
「…多分ねえ、ひとりの留守番が怖くて夢を見たのよ。だいたい、庭に車なんて…」
 そう言いながら外に出た母が、急に静かになった。
「…えっ、怖…」
 何事か、と自分も外に出てみる。

 庭にタイヤの跡がくっきりと残っていた。
 それも、”ひとつだけ”。
 どういうわけだか、他の三つのタイヤの跡は全く残っていない。

 暫く経つと、タイヤの跡があった場所に生えていた芝生が急に腐りだし、最終的に完全に枯れてしまった。
 それ以降その場所はいつまで経っても芝生はおろか雑草すら生えず、土がぽっかりと剥き出しのままの異様な空間になってしまったという。

 後に一家はその家から引っ越したので、その家がまだ残っているのか、残っていたとして今そこには誰かが住んでいるのか、そうしたことは全くわからないそうだ。


◇この文章は猟奇ユニット・FEAR飯のツイキャス放送「禍話」にて語られた怪談に、筆者独自の編集や聞き取りからの解釈に基づいた補完表現、及び構成を加えて文章化したものです。
語り手:かぁなっき
聴き手:佐藤実
出典:"禍ちゃんねる 極安スペシャル"(https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/530196833)より
禍話 公式twitter https://twitter.com/magabanasi