禍話リライト「私のせい」

 無人駅と言えば、急に思い出したんですけど…。

 ある時。
 Mさんは全く土地勘のない地域の歴史資料館に赴く用事が出来た。
 その帰りの出来事である。

 資料館の最寄り駅は、異常に古びた無人駅だった。
 張り出された時刻表に印刷されているのは、昼間は一時間に一本あればいい方、という典型的な「田舎のローカル鉄道」の運行ダイヤ。
 誰もいない改札を抜けて駅のホームに登る。全く人の気配がない。

 盛夏。
 二本の線路を挟んだ向かいのホームに、ゆらゆらと陽炎が立ち上っているのが見える。
(あっちい…)
 先ほど目にした時刻表を脳裏に思い浮かべながら、時刻を確認する。電車が来るまではまだそれなりの時間がある。
(この暑さでここで待つのはキッツいぞ…)

 暑さに耐えながらしばらく電車を待っていたのだが。
(…いや、おかしいだろ…)
 時刻を確認すると、とっくに電車の到着予定時刻を過ぎている。

 とりあえず駅を出て近辺の施設で涼み、それからまた駅に戻ろうか…と考える。
 しかし、ここは無人駅なのでアナウンスが流れない。故にどれぐらいの遅れが発生しているのかの検討が付かない。つまり、いつ電車が来るのか全く分からない。
 ただでさえ本数の少ないローカル線、もしもどこかで休んでいるうちに電車が来てしまったら最悪だ。
 電車を諦めてバスなどに乗ることも考えた。
 しかし土地勘が無さ過ぎて、駅の外のどこにバス停があるのか、そしてどの路線バスに乗れば帰れるのか、皆目見当が付かない。
 かといって、タクシーに乗って帰るほどの予算は持ち合わせていない。
 二進も三進もいかない状況だった。

(仕方ねえなあ、せめて飲み物を…)
 そう思いホームに設置された自動販売機の前に立つと、自販機も駅舎に負けず劣らずのボロボロ具合だった。
(うわ…ちゃんと商品交換してんのか?これ…)
 商品サンプルの姿かたちの判別が困難なほどに劣化したアクリルの向こうに、何とかスポーツドリンクの色合いを見つけ出し、ボタンを押す。
 籠った電子音のあとに、商品が取り出し口に落ちる音がした。
 ちゃんと商品が出てきたことに安心しつつ取り出し口に手を伸ばすと、そこには蜘蛛の巣が張っている。憂鬱な気分で蜘蛛の巣を手で振り払いながらスポーツドリンクを取り出すと、結露したペットボトルの表面に虫の死骸が付着していた。
(最悪だよ…)
 ペットボトルを拭きながら、思わずため息をついた。

 とにかく暑い。あまりの暑さに、何も考えられなくなっている。
 スポーツドリンクを飲みながら、頭にタオルを巻く。
 これで何とかやり過ごそう…と考えながら、ふと視線を前に向ける。

 陽炎で揺れる向かいのホーム。
 そこに人がいた。

(…あれ?あっち人いたっけ…?)
 暑さと電車が来ないストレスで頭がうまく回っていないから、どっかのタイミングで向こうのホームに人が来ていたことに気付かなかっただけなんじゃないか…Mさんは自分をそう納得させた。

(…それにしてもいくらなんでも遅すぎねえか!?)
 気付けば時刻表に印刷されていた到着予定時刻から十数分以上経っている。暑さも相俟って怒りに近い感情が湧き出してきた。
(時刻表って何かね…この時間に来るって見込みが経ってるからああいう風に掲示してあるんだろ?海外は時刻表なんてほとんど役に立たないって聞くけどさあ、ここ日本だぜ?日本の鉄道ってそういうの正確なんじゃないの?)
 心の中で毒づくが、それでどうにかなるわけでもない。
 行き場のない苛立ちにさいなまれていると、

「すみませんねえ、私のせいで」

 声が聞こえた。

 Mさんが顔を上げると。
 向かいのホーム。
 陽炎の向こうに立つ人影が、自分に向かってゆっくりと会釈をするのが見えた。

(えっ…怖っ!)
 異様な状況。
 怖くなったMさんは、思わず視線を自らの膝の上に落とす。
 暫くのあいだ恐怖に耐えながら下を向いていると、電車がホームに滑り込んでくる音が聞こえた。
(やっと来た!)
 暑さと恐怖から逃れようと、急いで電車に乗り込む。

 車窓から見える向かいのホーム。
 そこには誰もいなかった。
(えっ?)
 更に。
 周囲を見渡すと、乗客はみな暗い表情を浮かべてげっそりしている。
(え?え?何?)

 その時。
 車掌による車内放送が、「人身事故によるダイヤの乱れ」を詫びた。

 この体験をして以来、Mさんは土地勘のない地域に赴く際には、どんなに交通費がかかろうが電車を使わず、必ずバス等で移動するようになったのだそうだ。


◇この文章は猟奇ユニット・FEAR飯のツイキャス放送「禍話」にて語られた怪談に、筆者独自の編集や聞き取りからの解釈に基づいた補完表現、及び構成を加えて文章化したものです。
語り手:かぁなっき
聞き手:吉野武
出典:"真・禍話/激闘編 第10夜"(https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/400246373)より
禍話 公式twitter https://twitter.com/magabanasi

☆高橋知秋の執筆した禍話リライトの二次使用についてはこちらの記事をご参照ください。