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【研究員インタビュー】対馬の養蜂にまつわる「在来知」から知識生産プロセスを明らかに - 高田陽さん(前編)

 福岡大学商学部シチズンサイエンス研究センター(CSRC)には、シチズンサイエンス(市民科学)に関わる研究をしている学外の研究者が参画できる研究員制度があります。今回はCSRCの研究員として、長崎県対馬の養蜂家に伝わる「在来知」をテーマに、ある知識が生産され、広がっていくプロセスはどのようなものなのかを研究している、高田陽さんにお話を伺いました。高田さんがどのようにして市民科学に関わる研究に携わるようになったか、研究の中で発見した興味深い事例や今後の展望について語っていただきます。


高田 陽(たかだ - よう)

  • 合同会社つくもらぼ代表社員

  • 明治大学大学院農学研究科博士後期課程修了(農学博士)

  • 福岡大学商学部シチズンサイエンス研究センター客員研究員

 博士課程在学中に島おこし協働隊の学生研究員として長崎県対馬市に移住し、対馬グローカル大学の立ち上げと運営支援に携わる。伝統的な養蜂業を対象として、在来知や地域といった視点から市民科学について研究。現在は対馬で合同会社つくもらぼを設立し、地域の自然や文化を基盤とした知識生産のエコシステムについて、研究と実践の両輪で取り組む。


鳥類学がきっかけのシチズンサイエンス研究

 もともと鳥を見るのが好きな子供だったので、大学でも鳥の研究、特に保全に関わる研究がしたいと思い研究室を選びました。そこで研究室の先生から市民科学の概念を教わったのが現在の研究をはじめるきっかけです。バードウォッチャーと市民科学を絡めて鳥の保全活動をしている例がすでにあり、今後も市民科学の重要性は高まっていくことを知り、興味を持つようになりました。

 当初は自分でそういったプロジェクトを立ち上げて保全活動を行うことができないか考えていたのですが、参加者を集めるための宣伝方法などに課題があり実現には至りませんでした。そこで、まずは既存の取り組みの事例研究をやっていこう、ということで認定NPO法人「バードリサーチ」を訪問しました。
 バードリサーチでは人間と自然が共存できる社会を目指して、鳥の保全活動のための情報収集・対策の検討がなされています。アマチュアのバードウォッチャーの方々が多く活躍されていることが特徴で、年次の発表イベントである鳥類学大会では、発表者の半数近くをアマチュアの研究者が占めているほどです。

 ここでは、どのようにプロジェクトが運営されているのか?参加者の動機は何か?などの調査を行いました。学部生の研究を始めた当初は「先生からアイデアをもらったけれど本当は鳥そのものを調べたい」という気持ちもあったのですが(笑)、結果的に事例研究は非常に楽しく、修士までこのテーマで研究を続けました。

対馬での養蜂にまつわる「在来知」との出会い

 博士課程に進むタイミングで、元々親交のあった対馬の方から島おこし協働隊のお声がけをいただきました。対馬では域学連携(大学と地域の協働活動)の一環として市民大学「対馬グローカル大学」が開催されることになり、その立ち上げを手伝ってもらえないか、とのことでした。安定した収入を得ながら博士課程を過ごすことができる、しかも市民科学に非常に近い領域の業務ができるということで、移住を決断しました。任期がちょうど博士課程と同じ3年間だった、ということも幸運でした。

 博士課程では新しい研究テーマに取り組みたいと考えていたのですが、対馬に移住してから対象となるフィールドを決めるという少し無茶なことをしています(笑)。
 現地の方にいろいろとお話を伺う中で、対馬で養蜂が盛んであることを知りました。対馬には外来種であるセイヨウミツバチがおらず、在来種のニホンミツバチのみが生息しています。ニホンミツバチは採蜜量が少なく逃去もしやすいことから、経済的に養蜂を成立させることや、そもそもの飼育も難しいとされているのですが、対馬では約2000人の養蜂家が様々な工夫をしながら伝統的な養蜂を営んでいます。

 たとえば近年、セイヨウミツバチに由来する蜂への感染症であるサックブルード病が流行しました。ニホンミツバチが罹患した際の致死率は約9割にも及ぶ、危険な感染症です。この感染症に対応するため、感染の初期段階をどのように見分けたらよいのか、感染を防ぐためにはどこに巣箱を置けばよいのか、など養蜂家の皆さんは試行錯誤を重ねています。従来はミツバチに良くないとされていた巣箱の設置場所が、感染症対策には有効であるとされたなど新しい知見も生まれています。伝統的な養蜂が変化しながらも守られ、継承されていることが興味深いです。
 一般に科学では「いかに数値化してデータを取るか」が重要になりますが、熟練の養蜂家は目視で巣箱の様子を確認し、蜂たちの健康状態を見極めます。彼らは、一見すると同じに見える巣箱でも、毎日観察することで違いが分かるようになる、と言います。

 このように、多くの人が共に考えて実践し、経験を通じて体系化されつつある知識を「在来知」と呼びます。在来知が生まれるプロセスには、科学的な手法を一部取り入れている場合もあります。
 修士までの研究では、科学をいかにして市民に普及させるか?という視点で考えていました。しかし対馬の養蜂家の皆さんに話を伺う中で、市民科学において「普及」とは異なるアプローチとして在来知があると気づきました。究極のシチズンサイエンスの形は「市民と科学者が一体となり、問題の定義づけからデータの収集、解析に至るまで、協働で成果を生み出すこと」だとされています。外から「これが科学だ!」となにかを持ち込むよりも、市民が自ら直面している問題に対して作り上げた在来知を可視化したり精緻化したりすることが、より社会実装につながる場合もあると思うのです。

在来知研究のこれから

 養蜂に限らず農業や工業など様々な業界で、職人的な技術や、禁漁の習慣が水産資源管理に結びついているような経験則など、多くの在来知の存在は知られています。しかし、その知識はどうやって発見されたのか、なぜみんながそれを共有できているのか、といった在来知の生産プロセスについてはあまり明らかにはなっていません。
 実際、対馬の隣島である壱岐でも養蜂は営まれていますが、「うまくいく」とされている方法が異なっているなど、二島の養蜂家の間で話が通じることとそうでないことがあります。今後は対馬における養蜂の在来知をさらに調査し、その生産プロセスを紐解くことで、地域の自然や文化を基盤にした知識生産のエコシステムのあり方について明らかにしていきたいです。

 また、論文ではどうしても学術的新規性が重視されるため、これまでの聞き取り調査で明らかになったことでも博士論文からは漏れてしまった内容が多くありました。今後の研究では調査を進めるとともに、そのような論文に載せられなかった情報もまとめ、『対馬の養蜂』とでも題名付けができる養蜂の在来知の全体像をつかめるような書籍を執筆できればと考えています。

記事後編

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