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掃除

#小説 #ショートショート

1日目。
部屋がとても散らかっている。これでは精神的にも衛生的にもよろしくないので、片付けることにした。ひとまず、流しの前にまとめてあった、生ゴミを入れた袋を燃えるゴミに出した。

2日目。
居室のゴミ箱がぱんぱんになっていたのでゴミ袋に移し変えて捨てた。

3日目。
部屋に落ちていたお菓子の袋や空のペットボトルを捨てた。ペットボトルはラベルを剥がして蓋を捨てただけで容器は流しの横に溜まっている。これも捨てないといけない。

4日目。
流しに溜まっていた洗い物を洗った。ついでに排水溝も掃除した。きれいになった。明日の朝、ペットボトルを捨ててから出勤する。

5日目。
冷蔵庫や戸棚にあった賞味期限切れの食料を捨てた。もったいない。今度買ったらちゃんと早めに食べないと。

6日目。
古くなったり使わなくなった化粧品を捨てた。その時の流行りで買ったものも多く、結構な量があった。今度はちゃんと気に入ったものだけを買おう。

7日目。
いらない雑貨を捨てた。何に使うのかよく分からないケース、インクの出ないペン、断線したケーブル。なぜ残していたんだろうか。

8日目。
オタクグッズを捨てた。アクリルキーホルダーとか、缶バッジとか、ちっちゃいフィギュアとか。もうアニメも見てないし漫画も読んでいない。多分この先またハマることも、ない。

9日目。
雑誌と本を捨てた。スクラップしたりブックオフに持っていくだろうと思って置いていたが、多分今やる気がないならこの先もやる気にはならないだろう。置いておくだけ場所を取る。

10日目。
ぬいぐるみを処分した。実際のところ愛着が湧きすぎて捨てられず、途上国に送るサービスを使った。異国の地で元気に暮らして欲しい。

11日目。
服を捨てた。正直かなり骨が折れた。着るか微妙なラインの服が多かったからだ。でも捨てた。微妙なラインの服は多分今後も着ない。

12日目。
部屋がだいぶ片付いたので、PCとスマホに入っていたいらないデータを消した。書きかけの小説、ピンボケの写真、下手くそな絵、聴かない音楽のデータ。かなり容量が空いた。どうしようか。

13日目。
SNSのアカウントを消した。なかなか思い切ったことをした気がする。部屋の片付けから始まった掃除も大詰めを迎えたように思う。とても、片付いている。

14日目。

−−−−−

仕事から帰宅したら自分のマンションの前にパトカーが止まっていた。周りに人だかりができている。
2つ隣の部屋の女性がいたので、話しかけた。
「何かあったんすか」
「12階に住んでた人、自殺したらしいのよ」
「えっ」
「大家さんから聞いた話によると部屋がほとんど空っぽで、首吊った死体と布団くらいしかなかったとか。冷蔵庫とか戸棚も空っぽだったらしいのよ。不気味よね。ここ数日連絡が取れなくなった友達が心配して通報したらしいわよ。そういえば昨日くらいから廊下がすごく臭かったじゃない?誰かが管理会社にかけてきた、みたいな話も聞いたわ」
「そりゃ怖いっすねー。強盗とかじゃないんですか?」
「いや、部屋の内側から鍵がかかってて、誰かが入った形跡もないんですって。あと遺書があったとか言ってたわ」
「へぇ〜…」

−−−−−

ここまで部屋やデータが片付いてくると、何かに執着している自分が馬鹿みたいに思えてきた。衝動的に残していたデータも連絡先も全部消してしまった。向こうから連絡が来たら分かるから気にするほどでもないか。
今は部屋にあるものを片っ端から捨てている。さすがに眠るための布団は残しておくべきか。もうミニマリストも白目を剥きそうなくらいに何もない部屋になりつつある。
なんだか自分が自分じゃないような気分になってきた。生まれ変わったような。でも事実、新しい人生を始めるには、もうやり直せないところまできてしまった。いくら持っているモノやデータを捨てたって、「自分」というモノやデータは捨てられない。もうこの歳では上書きも書き換えもできない。あとは老いていく「自分」を蓄積して死ぬだけだ。
こうして生きることに執着している自分も馬鹿みたいに思えてきた。もういいか。自分も捨ててしまおう。

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