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勘違いの浦島太郎


冬の終わり、春を感じられる少し暖かな日差し、まだ冬枯れの風景にわずかに命の芽吹きを感じる季節に、ひとり暗くとぼとぼ歩いている。26歳という周囲は結婚の便りが聞こえてくるなか、ひとり仕事に追われ、それも上手くいかずに、叱責を受ける日々。世界が終わればいいと思う。
カツッカツッカツッ…
小松菜月は悶々としながら道を歩いていた。まだ少し寒いこの季節に、菜月は黒革でピンヒールのロングブーツを履き、ベージュのトレンチコートを着込み、ひとり寂しく歩いていた。うつむきとぼとぼと仕事の用事の帰り道だった。このままどこかをさまよいたい衝動にかられる。

そこに、小さな緑亀をいじめている5匹のザリガニがうつむく視界の端に入った。ザリガニ達は、暖かな日差しに誘われ冬眠の穴から出てきたようだ。緑亀を囲み、大きなハサミであちこちからつつき、罵ってました。
「のろま!いくじなし!甲羅から出てこい!」
亀は恐怖で動けなくなり、甲羅に手足と顔を引っ込め、じっとしてました。
特に気にせずに通り過ぎようと歩みを進めたいたが、亀に自分をオーバーラップさせ、亀をいじめるザリガニ達を職場で自分を叱責するやつらに重ね合わせてしまった。
少し気になり見てみると、緑亀の子供のようで、とても小さな体でザリガニの3分の1くらいの大きさだった。ザリガニのハサミは最初は甲羅をつついてましたが、丈夫な甲羅に業を煮やし、頭や手足の口を攻撃し始めました。
「やい!いつまで逃げてるんだよ!かかってこいよ!ハサミで切っちゃうぞ!」
小亀は体を傷つけられ、血を流して命乞いを始めました。
「やめてください…いたいです…お母さん!」
それを見た菜月は現実の自分はどうせ救われないが、せめてこっちの自分だけは救われて欲しいと、ザリガニ達追い払いたいと思った。
「やめなさい。かわいそうでしょ。こんな小さな子供をいじめて恥ずかしくないの?」
小さいがはっきりした声でザリガニ達に言った。自分は正しく、ザリガニ達は明らかに間違っていて、すぐに追い払えると思った。
ザリガニ達はそんな菜月には見向きもせず、小亀を攻撃し続けました。菜月は無視されたことに驚き、注意だけのつもりが、少しむきになりはじめた。
「ねぇ?聞いてるの?やめてあげてよ。」
それでも、ザリガニ達は振り返りません。菜月は自分の中で圧し殺していた何かが弾ける感覚を覚えた。それは、自分をいじめる周囲や環境や自分を取り残して楽しそうな友人への妬みとか、自分が感じている不快なもの全てに対する感情だった。
カッ!ジャリ!
菜月はザリガニの真後ろに右のブーツを踏み下ろし、真上からザリガニ達を無言で睨み付けた。

「な、なんだよ!関係ねーだろ!あっちいってろよ!」
ザリガニの言うとおり、八つ当たりの要素が多分に多い。
菜月は無言のまま踏み下ろしたブーツを少し持ち上げ靴底をザリガニ達に見せつけた。左のブーツもザリガニ達の目前でツンとした尖った爪先を向け、睨み付けてるようだった。見ると靴底はギザギザしていて、色んなゴミが踏み付けられており、上から降り注ぐ和かな春の日の光がおぞましい闇を作り出し、不気味な恐怖を生み出していた。その上の菜月は美しい顔をしているが、残酷な笑みをうっすら浮かべており、ザリガニ達に言い知れぬ恐怖を感じさせていた。
「わ、わかったよ!金を置いていったら、やめてやる。それで文句ねぇだろ!」
「浦島太郎の優しいお兄さんならそれで手をうってたけど、今の私はそんな気持ちになれないのよね…やめないのなら実力行使するだけよ」
「は?できもしないことを…みんな気にするな~。ほらほら、出てこいよ!」
そう言うとまた、ハサミを繰り出し、小亀をいじめはじめた。その刹那
「ガッ!バリッ!」

出てこいよ!と、最期の言葉を残し、リーダーだったザリガニのいた場所に黒い光を帯び白い菜月の足を包み込んだ美しい右のブーツが何もなかったかのように地面を踏んでいた。ブーツの周りにはわずかにザリガニの肉片や体液が散り、何があったかを想像できる余地を残していた。仲間のザリガニ達はリーダーがいた場所を見て、ひょっとしたら傷付きながらも、ブーツの下で耐えてるのではないかという微かな希望を持って、忌まわしく美しいブーツを見ていた。リーダーを踏みつけている右のブーツとは逆のブーツがスッと持ち上がった。リーダーを潰しているブーツに菜月の全体重がのり、右のブーツの下から潰されたものが更に細かく潰れる音がした。持ち上がった左のブーツは、靴底を残ったザリガニ達に向け、天空から見下ろして、どれを潰そうか考えているようだった。白いパンツから綺麗な脚がザリガニ達にさらされ、その遥か上に残酷な笑みを浮かべる菜月の顔が見えた。左のブーツは大きく天を覆い、上からの太陽の光を受け、キラキラ光ながら、まるで神の意思のように一匹のザリガニに落ちてきた。

さっきのリーダーを襲ったときは、完全に不意討ちだったが、今回はザリガニ達もみんな見ているなかでの攻撃だった。しかし、その動きはとても早く、ザリガニには到底避けられないものだった。ハサミをかざし返り討ちにしようとしていたザリガニが、呆気なく、圧倒的な重量と硬い靴底により一瞬で潰された。最初にリーダーを潰した右のブーツが空へ上がり、リーダーの姿があらわれた。

殻は砕け、肉片や内臓が絞り出され、ブーツのギザギザを刻印されていた。自慢のハサミもペッタンこに潰され、バラバラにされていた。何が起きたかも分からず、昇天したに違いなかった。あきらかに絶命しており、希望が打ち砕かれ、リーダーの突然の死を突きつけられた。二人目の運命も明白だった。そして、その災難は自分達のすぐ目の前まで来ていることを悟った。見上げた右のブーツにはリーダーの体の一部が貼り付き、潰されてもブーツから解放されないようだった。その残酷なブーツは3匹目の上にゆっくり落ちてきた。優しく撫でるようにザリガニの甲羅に触れ、大切な何かを愛でるように感触を味わうように。リーダーの肉片が、擦り付けられ3匹目のザリガニの目の前に残骸が落ちてきた。

その無惨な姿が間近にさらされ、恐怖で震え上がり、逃げようと後ろに向け歩みを進め、靴底から抜けようとした。ザリガニとって必死に動いた数センチは菜月にとっては膝をわずかに折れば追いつく距離で、何の解決にもならなかった。菜月は体勢を少し変え、ザリガニを横から踏むようにブーツの位置をずらした。ブーツはザリガニの背中を捉え続け、少しずつブーツを下ろしていった。ザリガニは体が少しずつ重くなり、やがてお腹が地面に着き、殻が軋み始めた。
「た、助けて、助けてくれ…」
必死にブーツの靴底を仰ぎ見て命乞いをした。
「もう、遅いよ…ムカつくんだよ」
菜月は自身の境遇を心に反芻させ、怒りの炎をたぎらせた。それは、ほぼ100%自身の境遇に対するもので、ザリガニに対する怒りは1%に満たなかったかもしれない。菜月は口をモゴモゴさせながら笑みを浮かべ優しく少しずつ体重をかけ続けた。やがて、過重に耐えられない殻が割れて柔らかい身が菜月の体重を支え始めた。殻は上からの加重に耐えられなくなり、脇の部分が割れ始め、身が殻の裂け目からわずかに絞り出され始めた。菜月は微かに割れた感覚を感じ、足を前後に摺り始めた。ザリガニはなされるがままに靴底の下で転がされ、全身の殻が割れ、細い手足も数本が回転のちからでもぎ取られ、傷だらけにされた。ザリガニはもうだめだっと思ったとき体が軽くなり、辺りが明るくなった。天を覆ってた靴底はなくなり、助かったのだ。しかし、殻は割れて、内臓も潰れたものもあり、はさみどころか残された手足も思うように動かず、意思とは別に痙攣が始まった。それでもはうように美しくおぞましいブーツから遠ざかるように体を動かした。菜月は程よく潰したザリガニを見下し、わずかに靴底の模様を刻印され苦しんでいるザリガニを楽しそうに見下していた。その上に顔をもっていき、口をすぼめて大量の唾を吐きかけた。泡を含む透明な唾の固まりは銀の糸を引いて口から瀕死のザリガニに狙い過たず落ちていった。唾はザリガニを覆い、割れた殻の間からザリガニの身に直接かかり、染み込んでいった。生温かく、臭い液が傷口を刺激し菜月が食べたものに効かせるはずの酵素や口内の雑菌が働き、死への誘いを早めているようだった。
「さて、どうするの?」
残った2匹のザリガニに向け声をかけた。既に戦意を喪失しているザリガニは必死に命乞いを始めた。

「助けてください。ごめんなさい。何でもするので殺さないでください。」
「最初から言うこと聞けばよかったのに。ねぇ?」
菜月は必死に謝るザリガニを上から見下ろし、たっぷり優越感に浸っていた。
「何でもするのね~。そしたらふたりで私の体重を支えきれたら許してあげる。みんな一人ではだめだっけと、ふたりなら大丈夫じゃない?」
いたずらな笑みを浮かべ迫ってくる菜月にザリガニ達は凍りつき、どうしようか考え始めた。まず、逃げることを考えたが陸上ではひとの歩く早さにかなわない。戦うことも考えたが、さっきの3匹を見る限り勝機はない。そうなると、菜月の言うとおり、一か八かふたりで協力して菜月の体重に挑戦することにした。力には自信があったし、相手は女ひとりだ。二人いれば、支える体重も半分になるし、大丈夫かもしてない。
「よし。ふたりで耐えてみせる!負けてたまるか!」
と、ザリガニは宣戦布告してきた。
「お、いいね~」
菜月は楽しそうに答え準備をした。
菜月はブーツのヒールに全体重を委ね、本底を浮かせた。そこにザリガニが左右のブーツの本底の下に歩んでいった。ザリガニ達は爪先側を向いてスタンバイした。背中側にある細いヒールは深く地面をえぐり、菜月の体重を大きさを警告的に伝えてくる。ザリガニ達はその迫力に心が折れそうになりながら、恐怖と戦っていた。靴底が少し下がり、ザリガニの周囲は陰に包まれ見えなくなった。準備ができた。
「10秒ね♪」
と、菜月は遊びのルールを伝えるように宣言した。ザリガニにとっては生死をかけた勝負だった。
「よーい、スタート!」
スタートと同時に地面をえぐっていたヒール部分が上がり、ブーツの硬い靴底を通して菜月の体重がザリガニに委ねられた。目の前にはつんととがったブーツの先が見えた。激しい重さがザリガニ達を襲った。殻が軋み全く動けず、呼吸も苦しい。しかし、確かに2匹は重さに耐えて生きていた。気絶しそうな痛みに耐え、必死に菜月の体重を支えた。
「1。2。3。4。5。6。」
ゆっくりしたカウントが聞こえてくる。カウントが進むにつれ、重さに慣れてきたのか苦しみが薄らぐのを感じた。
「7。」カウントが7になり、勝ちが見えてきた。
「ざまあみろ!ザリガニの力を思い知ったか!このブスアマ!」
調子に乗ったザリガニ達が悪態をついてきた。
「は~ち~(笑)」
菜月の声は負ける焦りは微塵もなく、笑いを含んだカウント8だった。不思議に思い、余裕もあったので二人は後ろを振り返り、ブーツのヒールがある方を覗いてみた。すると、菜月はそこにあったベンチに腰を下ろしていたのだ。様子を見る限り、ブーツを少し浮かせて力加減してるようにすら見える。太ももから胴体、腕、頭の重さはベンチに委ね、温存していて、膝から下と戦っていたことに気づいたのだ。しかも、悪態をついたので、許す気配はない。
「きゅ~う…」
「ごめんなさい。私たちの負けです。負けを認めて、もう悪いことしないので、許してください!」
菜月のカウントはただのザリガニたちの死へのカウントでだった。菜月は残酷な笑みを浮かべ、優越感に浸り、少し性的な興奮も感じ、その時を待った。ザリガニ達はカウント10を目前に錯乱していたが、わずかな希望を持ち、力をこめて菜月の体重に備えた。
「じゅう…」
バリッ!

スッとベンチから立ち上がった菜月はヒール部分を浮かせて、全体重を二人に容赦なくかけ、踏み潰した。二人は、一瞬たりとも支えることができず、冷たく硬い靴底に蹂躙され、即死した。一気に体重をかけたので、殻が上から押し潰されると同時にザリガニの身が内側から左右に殻を押し破る力を発生させ、左右に激しく潰れ、ブーツの脇から残骸が勢いよく飛び出した。
小亀は外の喧騒がおさまり、静けさを取り戻したのを感じ、恐る恐る首だけを出した。小亀を囲んでた健在なザリガニ達の姿はどこにもなく、めちゃめちゃに潰された肉片や殻が転がり、凄惨な戦場のおもむきだった。

小亀の目の前3センチの所には殻をバリバリに割られ、唾を吐きかけられ、虫の息のザリガニが「苦しい…、苦しい…」とうわごとのように呻き、死を待っていた。しかし、その苦しみの時間は女神の足により強制的に終わらされた。菜月は、右のブーツを苦しむザリガニに乗せた。

靴底の縁により分けられた生と死の境界のあちらとこちらで、小亀は靴底に覆われたザリガニと目が合い、恨めしい視線を感じた。菜月は一気に踏み潰した。
バキッ

小亀の目の前1センチのところにブーツの爪先がきて、ブーツの両脇に飛び散る殻や肉片がよく見えた。小亀は上を見上げると美しい菜月が穏やかな慈悲の笑みをたたえ、右のブーツと小亀とザリガニの破片を見下ろしていた。その慈悲はいじめられた小亀を助けるものでもあり、苦しむザリガニを救うためでもあったのかもしれない。
菜月は念のため右のブーツを上げた。ブーツは唾の糸を引いて天に上がり、小亀の目の前にはおぞましく潰れたザリガニが出現した。傷ついた殻は他のザリガニより一発で粉々になり、中の身はまっ平らに広げられ、深く靴底の模様を刻印されていた。

小亀は目の前のブーツの迫力に畏敬の念を抱きながらも、恐怖を感じ、何かお礼をしないと自分も目の前のザリガニの様にされてしまうという強迫観念を持った。小亀は必死に考え、夜寝るときにお母さんがいつも話す浦島太郎の話を思い出し、それを実践することにした。
「おねえちゃん。ありがとう!ホントにこわかったよー。お礼に一緒に竜宮城行かない?」
菜月は、驚き戸惑ったが、少し考えた。仕事に疲れ、現実から逃避したい菜月にとって、竜宮城の言葉は計り知れないほど魅力的だった。仮に玉手箱を渡されても開けなければいいし、何年も先の未来も見れる。断る理由が見つからず、小亀の提案を受けることにした。菜月はザリガニの残骸を無意識に蹴散らし、手をバタバタさせはしゃぎながら小亀に迫り、
「え!いいの!?すごく行きたい!竜宮城ってどんなところ?ごはんとかやっぱりおいしいの??乙姫は…いいからかっこいい執事みたいなひととかいない?楽しみ~」
菜月が騒ぐ度にブーツはザリガニの残骸をさらにバラバラにし、小亀を威嚇してくる。
「ねぇ?どうやって行くの?」
と、体勢を戻して小亀に問いかけた。
「え?…あー…えーと…」
「ねぇ?知らないの?ねぇ?大丈夫なの?」
菜月はそんなにきつく当たる気はなかったが、ついつい力がこもり小亀を追い詰めた。小亀は、
「あ!そうだ!僕の背中に乗るんだよ!たしか。お母さんの読んでいた絵本に絵が描いてあったもん。そうだよ!」
菜月は絵本?と思った。
「どうやって乗るの?ぼくちゃんは小さいから何か魔法とかで、飛ばしてくれるのかな?甲羅乗ると私が小さくなるとか?」
小亀は乗ると小さくなると言うときっとそうだと言う納得した顔をして、目を輝かせて私を見上げた。
「そうだよ!おねえちゃんがぼくの甲羅に乗ると小さくなって、ぼくがおねえちゃんを一瞬で竜宮城に連れていけるんだよ!きっと!」
自信満々な小亀に押されながら、菜月は小首を傾げながら、
「ぼくちゃんに乗ったあとはどっちに行くの?」
大人の冷静な詰問に小亀はあたふたし、
「えーと。えーとね~。それは、うーん…」
菜月は早く行きたい一心でことを進めようとした。
「大丈夫だよね。ぼくちゃんに乗ってから考えたらいいわよ。お母さんが間違うわけないし、きっと私が背中に乗ったら分かるわよ。足、汚れちゃうから靴のまま乗っていいわよね。ね?」
「うん。いいよ!さ、乗って!」
菜月は小亀の後ろに立ち、右のブーツを持ち上げ、小亀の上にかざした。大きなブーツの影がちいさな小亀を覆う。

非常に残酷な絵面に菜月は言い知れぬ不安を抱いたが、仕事から解放され竜宮城に行って、イケメンとの楽しい生活を妄想中で冷静な思考ができなくなっていた。小亀はニコニコしながら後ろを振り返り、菜月を見上げて待っていた。やがて、その儚い姿はブーツにより見えなくなり、菜月は素足を通して小亀の存在を靴底の下から微かに感じた。ザリガニより固さを持っているが、小さい存在。靴底が小亀に触れても何も起きない。
小亀は周囲が暗くなり、背中にとてつもなく大きな存在感を感じた。見上げると美しい菜月の顔はなく、暗くギザギザした模様のブーツの靴底が視界いっぱいに広がっていた。よく見ると、ギザギザの模様の中にザリガニの破片が挟まり、靴底全体はザリガニの体液や菜月の唾で濡れ、生臭い悪臭を放っていた。菜月のブーツが触れても何も起きないことにわずかに疑問を持ったが、お母さんが話してたことに絶対の自信があり、菜月を背中に乗せられると確信している。
「おねえちゃ~ん。乗っていいよ~」
「え?ホントに?大丈夫なの?」
菜月は心に浮かんだ不安が膨らみ、流石に小亀を止めようか迷い始めていた。足を上げてもういいよと言おうとした時に携帯が鳴った。メールだった。戻りが遅いという嫌味メールだった。それを見てやっぱり竜宮城に行きたい気持ちが勝り、菜月の予想では5%以下だが、小亀の自信に最後までかけることにした。
「じゃあ、乗るね。」
「いいよ!」
菜月は目を固くつぶり、スッと左足を上げて、右のブーツで小亀の上に乗ろうとした刹那、右のブーツの下から固いものが崩壊し、中の柔らかいものが潰れる感覚がして、クシュッと音がした。恐る恐る目を開けると周囲の景色は変わらず、穏やかな春の日差しが暗闇に慣れた目をわずかに刺激した。右のブーツを見ると、あたかもそこに何もないように地面を踏み締めていた。

左足を地面に下ろした。右足を持ち上げることを戸惑ったが、このままにしとくのも忍びがたく、恐る恐る右のブーツを持ち上げた。そこには、最初の予想通りブーツの靴底の模様を刻印され平らになった小亀がいた。ひょっとして息があるかと、右のブーツの爪先で甲羅から出ている首の部分をつつく。首は絞り出された体液に濡れ、菜月のブーツの先に張り付き地面から持ち上げられたがペラペラにされ、明らかに絶命していた。菜月は小亀に申し訳ないことをしたと思った。そして、現実から逃げられないという絶望感に襲われた。
しかし、6個の命を支配したことに何か快感を覚え、スッキリした気分にもなった。最後は悲しい気持ちになったが、何か楽しいことをした充実感と性的な快感を感じた。
菜月は小亀の遺体をそっと植え込みに蹴り込み何もなかったかのように会社に帰っていった。そして、その日の帰宅時にペットショップに寄って帰りましたとさ。めでたし、めでたし。

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