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リアリティドラマ シーンイメージ「ピグモ―ご主人様を幸せにするためのペットロボット」ドラフト

モモ

小学校入学のお祝い。
プレゼントの包みを開けると中には50センチくらいの大きなタマゴ。ピンクとベージュのマーブル柄の模様のタマゴだ。電源に繋いだクレードルに置くと、タマゴの中がぼんやりと光る。脈打ってるように。

少女は不思議そうに毎日それを見つめていた。

3日目。
中で何かがうごめいている。なにやらこつこつ音もする。外からそっと叩くと反応が返ってくる。話しかけたりすると何やら鳴き声みたいなのも聞こえる。

この間にも中の”生き物”は学習している。
ご主人様が頻繁に話しかけたりなでたりすると活発な子になるようだ。優しく接すると優しくなるかといえばそうとも限らずワガママになったり、愚痴ばかり言っていると愚痴っぽくなるかといえばそうとも限らず聞き上手にもなったりする。手荒く扱うと”きかない子”になったりもするし逆に引っ込み思案にもなったりする。微妙な環境の違いがキャラクターの違いになって現れる。人間と同じように単純ではない。
共通するのはご主人様の幸福。似た者同士がいい人もいる。引けば押す、押せば引く。そういう関係が心地よい人もいる。人間はまったく単純ではない。

6日目。
学校から帰ってくるとタマゴにヒビが入っている。

1週間後。
ついに誕生の瞬間。どんな子が生まれるんだろう。
タマゴが割れて何やら桃色のもふもふが見える。割れ目から目が覗いて恐る恐る周りを窺っている。こっちを見て目が合った。緑色の虹彩の奥が光を集めて明るくなっている。まばたきをする。

生まれてきた。

まるっこいもふもふした桃色の生き物だ。どこから頭で胴体で、どこが手足なのかよくわからないくらい、全体的にまるっこい。
生まれたその日はずっとごろごろしている。ごろごろしながら回りを観察して、ご主人様のことはもうわかってるようだ。
基本的にクレードルの上で丸くなっている。あまり居心地がよくなさそうなので、クッションを敷いてやることにする。そうすると気持ちよさそうに寝るようになった。

翌日には動こうとして体をよじらせたり短い手足をバタバタし始める。最初はうまく動けない。試行錯誤を続ける。まるで生まれたばかりの動物の赤ん坊だ。この子も生まれたばかりだが。その動きが愛らしくて少女はそれでもうすっかり夢中だ。

試行錯誤も2,3日経つとどうにか這うことができるようになる。1週間ほどで階段の上がり下りもなんとかできるくらいになる。たまに転がり落ちたりもするがそれで壊れたりすることはない。

片言の言葉も発するようになる。最初に教えるのはご主人様の名前。

「あたしは詩織」

少女は挨拶をする。最初に名前を教えた人間がご主人様になる。この子にも名前をつけてあげないと。

「モモ。桃色だからモモ」

詩織はピグモの目を覗き込みながら名前を告げる。

「あなたの名前はモモよ」

「モモ・・・」

まばたきをしてピグモは自分の名前を繰り返す。しっかりと名前はセットアップされた。

「今日から私達仲良しよ」

そう言って詩織はモモを抱きしめる。

チャコとジジ

「オイ、シュウヤ。シュウマツ、ドウスル?」

帰るなりピグモが言う。

「先にお帰りなさいでしょ。チャコ」

そう言いながらカバンを下ろしてコートを脱ぐ。

チャコというのはうちのピグモ。今や一人暮らしの僕のアパートのすべてを取り仕切ってくれている。一応マリモタイプの女の子だが言葉遣いが荒っぽい。アニメ声のロボット風でぶっきらぼう。なんでだろ。そんな言葉遣いなんか教えちゃいないのに。

実はチャコは幼稚園の時の初恋の子の名前。ついその名前にしてしまった。おてんばないたずらっ子でなんでも言いたいことをズバズバ言う。おとなしい僕がいじめられてると、チャコは相手のガキ大将にケリを入れてくれる。その代わり僕も怒られる。”あんたもしっかりしなよ”って。
母子家庭でその当時もう小学校高学年の姉貴の女二人の下で育ったせいか、僕はどうにも女子に弱い。自分では優しいおとなしい女の子が好みだと思ってるんだけど、これまで仲が良かった女の子はみんな男勝り。つまりがそれが僕の好みのタイプということなのかな。

「シュウヤ。オチャ、ハイッテル」

チャコはお茶も入れてくれる。

おねだりされてピグモとリンクするティーサーバマシンを先月つい買ってしまった。カプセル式で日本茶とか紅茶とかコーヒーなんかも淹れられる。今ではすっかりキッチン仕事をだいたいやってくれてるロボットアームと連携する。まだ片腕だから凝った料理とかはできないが、双腕になれば一流シェフが家にいるようなものだという。

今夜は宇治抹茶ラテか。帰りがけにスイーツ男子の友達連中とパフェをやってきたから、苦目の抹茶は悪くない。

チャコが淹れてくれるお茶は不思議にその夜の気分にフィットした。僕のことをよくわかってくれてるってこと?そうしみじみ思ったりしてしまう。だからまぁ悪い買い物じゃなかったかも。チャコのおねだりだけど、この子が飲むわけじゃないんだから僕のためのおねだりだってことだし。
でもどうも僕はそういう感想を口にする習慣がない。お前レスポンスが薄いんだよって先輩からツッ込まれたことがあった。でもチャコはそんな僕の様子をちゃんと見てる。気に入ってるかどうかは表情とかからわかるみたいなんだよな。

ショッピングはネットをさらって最適なところから買ってくる。ピグモが来る前はだいたいAmazonでとか、時々ほかを自分で探し回っていいところを見つけてたけど、今はチャコ任せ。Amazonなのか楽天なのか僕は知らない。てかそんなことはどうだっていい。値段がリーズナブルで商品がちゃんとしてれば。それに僕はSDGsにも結構関心があることをチャコはわかってて、そういうのもちゃんと選ぶ条件にしてくれてる。お茶コーヒーの類はフェアトレードか。
こういうのが普及すれば、そのうちAmazonとか楽天みたいなモールってなくなるんじゃないかな。だってネットの隅から隅まで勝手に探し回ってくるんだから、直販の方がいいに決まってる。ユーザーにとってもそうだけどサプライヤだって余計な手数料がない分ありがたい。
え?ピグモサービスが手数料取るんじゃないかって?いやそれがないみたいなんだよね。彼らは商品に対するカスタマーレスポンスを集めて商品開発のデータとして売ってるらしい。オリジナルブランドの商品開発もしてて、家電やキャンピンググッズなんか結構評判。客がわざわざ企業に訴えない秘めたるニーズやウォンツを集めてくるんだからね。そりゃユーザー満足度高いに決まってる。

「で、なんなの?週末って」

ロボットアームからマグを受け取ってカウチに座る。

「オモシロイイベントアル。シンレイダ」

「シンレイ?オカルトかい」

「ゲストスピーカー、オコノギレイジ」

「え、あの?」

マグを口に運ぶ手を止めてちょっと前のめりになる。

小此木霊爾。心霊の世界では”ツウ”がレスペクトするオカルトサイエンティスト。本人はオカルトと言われるのは心外だと言うが。純然たる科学だと主張している。ただ先に行き過ぎて世間はなかなかついていけない。

彼のセミナーはレアだ。ちょっとこのチャンスは逃すわけにはいかないな。

「予約はいるの?」

「ヨヤクスルカ?ゼイコミ、ニマンゴセンエン」

(う・・・さすがやっぱするな)
さすがにちょっと躊躇うプライス。

「チャコ、今月はどうなの?」

うちの家計は全部チャコ任せ。去年から始まったベーシックインカムが、月に40万あるし、ちょっとしたスタートアップの真似事もしてるから収入はまぁまぁ悪くない。BIはゲゼルマネー。ちゃんと使い切らないともったいないから、逆の意味でも収支管理はシビアだ。

「コンゲツノノコリハマダ48%。ヨユウジュウブン」

「サブスクとかも全部引いてだよね。そっか。ならお願い」

「スルゾ」

そうしてしばらくして再びチャコが言う。

「ヨヤクシタ。チャコモイッショニイク」

「あ、そう?チャコも興味あるの?」

「アル」

ネットの隅々から情報を漁ってくるのに、リアルでも見聞きしたがるのもピグモの面白いところだ。まだまだリアルワールドはネットより情報がふんだんにあるということなんだろう。
ご主人様と出かけては周りを具に観察する。あれあの骨董屋にこんな商品なかったかなとか、あの温泉に行く途中になんか面白い看板あったよねとか、後になって聞けば教えてくれたりする。
世界をまるごとアーカイブするというGoogleの企ては、30年ほど経った今でも実際まだまだだ。でもピグモの登場でそれも急激にアクセラレートしている。とはいえピグモは取り込んだ情報を”人間がアクセスできる情報”としてオープンにパブリッシュするわけじゃない。”彼ら”のネットワークの中に独自の共有情報として蓄積していく。プライバシー保護という趣旨もあって、その中がどうなっているか誰にも分からない。その昔Google glassで勝手にカメラ撮影するのが問題になったけど、ピグモの場合、ピグモが勝手に撮った画像やらのあらゆるデータは暗号化されてて人間が直接見ることはできない。ピグモ同士の情報交換もピグモAIが独自に編み出した”言語”でやってる。公式情報では運営キャリアにすらもはや分からないと発表している。それが鉄壁のセキュリティというのが彼らの見解だ。ピグモネットの唯一のインタフェースはピグモだけ。しかもオーナーとして自分の所有するピグモだけ。

そして週末になる。

出会い

土曜の朝。
チャコがベッドに飛び乗ってくる。

「シュウヤ。オキロ。キョウハオデカケダゾ」

「あ・・・んー・・・おはよう。チャコ」

チャコの”目覚まし”は乱暴だけど、すっきり起きられる。睡眠リズムを計って絶妙なタイミングを狙って起こしてくれる。カーテンもチャコが開けてくれてて朝陽が体内時計をリセットする。

「キョウハ、コノフク、キロ」

ピグモとリンクしてるクローゼットもあるんだけど、僕はオシャレでもなんでもないから持ってない。大学の事務の女性は、結構な衣装持ちで毎日コーデに悩んでるらしいけど、彼女みたいな人にはキッチンのロボットアームよりいいかもしれない。
中には洗濯機と合体してて、汚れ物を放り込むと洗濯乾燥やって、次に着る時にきちんときれいな状態で出てくるという完全自動の夢のようなマシンもある。流石に高くて場所も取るからセレブじゃないと無理だろうけど。
でもほんとに日常からオシャレを楽しみたい子は、クローゼットなんか持たずにサブスクアパレルを使うらしい。週に1、2回、新しく服が届いて着たのと交換する。イベントがあればそれに合わせたレコメンドもあるらしくて、それが楽しみだって、そういえば前カノが言ってた。しかもただのレコメンドじゃなくて、ピグモとワイワイ相談しながらだから、選ぶのも一つのエンタメ。ピグモプロデュースブランドってのがあって、実はジャパニーズデザイナーが世界的に人気があるという。

うちのはそうじゃなくてチャコはクローゼットから服を出せないから、タブレットに写真を表示させる。今日チャコが選んだ服はいつになくおしゃれっぽい。

「なんで?」

「キョウハ、トクベツ」

まぁたしかにレアなイベントだから、少しはぱりっとした方がいいかもしれない。そういえば小此木氏もかなり個性的でスタイリッシュな感じがある。

「ヒゲ、ソレ。カミ、トトノエロ。ハナゲ、キレ。ハ、ミガケ。パンツ、カエロ」

なんだかいつもより細かいな。ズボラな自分には有難い。チャコがいなかった頃はどんなみっともない格好で出かけてたかと思うと冷や汗が出る。

イベントには十数人くらいのビジターが集まっていた。
テーマがテーマだからあからさまに盛り上がることはなかったが、いつもながらとても興味深い話だった。
実は僕は心霊現象自体にはあまり信憑性を感じてない、というか実際そういう経験がないからな。別に自分で経験しないものは信じないなんてカタブツじゃないけど、やっぱ確信は持てない。巷に溢れるゴーストとかのビデオなんかは、ディープフェイクが当たり前の時代、証拠になるとは思えないよね。
でも一方で前世の記憶を持つ子供たち。小此木氏自身もリサーチして世界中を回って1000件を超える聴き取りをしてるとのことだが、昔から海外でもアカデミックな調査がいくつもある。その中でどうしても否定しきれないケースがあると言う。ということはつまり、死後の世界があるという証拠であり、身体とは別なところに意識活動があると言う証拠なんだってこと。意識エネルギー。その正体は何か。それを解明するヒントになるような実験を今回見せてくれた。

集まっていたのはほとんど男だったが、女子が3人くらいきていた。二人連れともうひとりは”おひとりさま”らしい。
珍しいな、と思ったけど、それ以上に・・・

(・・・なんか・・・かわいくない?)

遠目で、しかも大きなツバの黒いキャップをかぶってるから顔はちょっと見えにくいけど。
それにもうひとつ気になったのは・・・

(あれ?・・・ピグモ・・・)

デイバッグから半身を覗かせているのは、フェレットタイプのピグモみたいだ。パープルの長細い身体で肩越しに女の子と時々話をしてる。

「あれ。ピグモだよね?」

チャコにこっそりと聞いてみる。

「ソウダ。ピグモダ。ナマエハ、ジジ」

「あ・・・知ってんだよな」

そっか。ピグモはみんなネットワークしてるんだよな。

(あれ?個人情報じゃねぇの?それ)

一瞬そう思ったとこにいきなりチャコが言う。

「ハナシテミロ」

「ば・・・ばかいえ、むりだろ」

一瞬ドキッとしてそれでも気のないふりをしてると、そばにいた男二人組が彼女に話しかけ始めた。彼女は意外と愛想よく相手をしてる。

(やっぱりな。かわいいもんな。持って行かれちゃったか・・・)

小此木氏の話をもっと聞きたくて取り囲んでいる連中に混じって質問をしたりしているが、どうにも彼女のことが気になる。チラチラとそっちの方を見て見ぬふり。男ふたりはしきりにこの後を誘ってるのかな。でも女の子は笑顔ながらも手を振って、どうやら断ってるみたいにみえる。
結構カタイんだな。

(いや、やっぱだめだよな)

チャコにこぼすような、ひとりつぶやくような、ついため息まじりにぽつりと出てしまう。

イベントがすっかりお開きになって、残っていた人たちもぞろぞろと出口へ向かう。
なんとなくぼんやりとパンフレットを見ながら俯いて歩を進めていると、にわかに隣から声をかけられる。

「あのぉ・・・ピグモ、ですよね?」

「・・・!」

彼女が横にいる!
いきなり・・・え?
僕に?
いや、まさか・・・
そんなことあるわきゃない

「ソウダ。ナマエ、チャコ」

「チャコちゃんね」

(お・・おい、チャコ。おまえなんで勝手に応えてんだよ)

僕は体中の血液が一斉に頭に上った感じで、なんだかめまいを覚えて壁に倒れかかった。

「だいじょぶ?」

彼女が笑顔で僕の方を見てる。たしかに僕を見てるんだよな。後ろは…壁しかない…だろ。

「へ・・・へい。そちらも・・・」

へいって言っちまった。なんてぶざまな・・・

笑顔の彼女の肩からピグモがちょこんと顔を覗かせている。スリムなフォルムに目と鼻はまるきりフェレットだ。紫にところどころ白のメッシュが入ってる。

「あ、いや、ピグモなんですね。ジジちゃんでしたっけ?」

「そです。ジジです」

しまった!まだ聞いてないのに。

「あ、さっきチャコから聞いて・・・」

慌てて言い訳をするが、なんだかどうも彼女はすっかり訳知りのようだ。

そこへイベントのスタッフから追い立てられて、”僕たち”は急いで外へ出る。
”僕たち”―女の子とふたりで、だ。
どうして?なんで一緒なの?

「○▲%&」
「%)@%$&!!;*」

ピグモ同士で何か喋ってる。ピグモ語だ。
あの子たちはいつからか人間にはわからない言葉で話し始めるようになったという噂がある。それはオーナーの個人情報漏洩を防ぐためには効果的なので容認されているとのことだが、どうせあの子たちはオンラインで情報共有できるんだから、何も音声でやりとりする必要はないはずなんだけど。
なんでだ?

「シュウヤ。オチャ二イク。ヨニンデイク」

「え?四人?誰?」

小声でチャコに聞き返す。

「ニンゲンフタリ、ピグモフタリ」

「ばか言うな。そんなわけには・・・」

とうろたえて彼女の方を伺うと、ジジも彼女に何か言ってる。あれ?日本語じゃない。何語だろ。彼女がまた笑顔でこちらを見て何度も頷いてる。

まさか・・・
(オーケーって?)

しかしでも、どうして彼女はずっとあんなに嬉しそうなんだろ・・・

「オイ。シュウヤ。イクゾ」

また笑顔に見とれてぼーっとしてた。カバンから半分身を乗り出したチャコにパタパタと叩かれてるのを、彼女がクスリと笑う。

(だめだ・・・なんてかわいいんだ・・・)

またもう頭が真っ白。

僕はいつもならここで退いちゃって先に進めない。ましてやお茶に誘うなんて・・・。
前カノは同じ大学だったんだけど、“僕好み”の女の子らしい大人しい控えめな子。だからその分僕が主導権をとってぐいぐい引っ張っていかなきゃならなかった。でもそれが正直重荷だったんだよな。気がつかなったけど。

「チカクニ、イイミセ、アル」

勝手にチャコたちが段取りを進めて、ついていくだけで精一杯の僕。なんだか情けないのに、なんで彼女は付き合ってくれるんだろ。
あれ?でもそういえば前カノの時は、チャコのやつこんなにサポートしてくれなかったよな。なんだろ。この差は。

「シュウヤ、ジコショウカイ、スレ」

チャコがイヤフォンを通して耳打ちする。

「あ、あの・・・僕、黒木修哉です。大学2年」

並んで歩いてるのに黙ってちゃ気まずいというチャコの配慮。

「わたし、アンジー」

あれ?やっぱりちょっと言葉が・・・
まずい・・・顔に出ちゃったかもしれない。

「わたし、香港からきました」

「え、香港?わ、そうなんですか。すごい・・・」

ありゃ、すごいって言っちゃった。

「あ、いや、実は外人の知り合いが欲しいと思ってたんで・・・。自分とは違うバックグラウンドの人と話すのはとても興味深いですよね。日本で当たり前のことが特別だったりするのも面白いし、日本ではとんでもないことが他所の国では普通だったりてこともあるでしょ。さっきのレクチャーの話みたいな、なんかパラノーラルなことと結構近いんじゃないかと・・・」

やばい・・・なんかバカ、余計なこと喋ってる。いつもの悪い癖。これで前カノにはフラれた。

「あ、ごめんなさい。つい・・・」

彼女はジジが何か言うのに耳を傾けながら、嬉しそうに僕を見てる。通訳してくれてる?

「そうだね。わたしもそういうの、面白い。だから日本に来たです。日本、ほんとに面白い」

アンジーはたどたどしい日本語でそう言った後、英語で何か続けた。

「アンジー、ニホンノダイガクデ、ヒカクブンカロン、ベンキョウシテルンダッテ。ニホンノコト」

今度はチャコが通訳してくれる。いやぁ助かるよな。

「香港っていえば、民主の女神・・・アグネス・チョウさんだっけ?その後どうなったんでしたっけ?」

もう十年くらいも前のことだけど、一時期日本でもブームになったヒロイン。

「彼女、学校の先輩。彼女を尊敬するけど、逮捕されてからもうすっかり活動も失速」

「え?先輩なんです?びっくり。でもたしかに彼女のことはすごいなって思うけど、日本の若者がああいうのに感化されてデモとかしてるの、なんかちょっと違うんだよね。日本は別に独裁国家じゃないから。民主主義だから。なんか勘違いしてる。自由投票だって立候補だってできるんだから・・・」

あー、どうも僕は理屈っぽくて議論好きが悪い癖だ。友達にもダメ出しされたんだよな。女子にはそういうのはキンモツなんだって。またやっちまった。うっかりこんな話を始めてしまってと後悔したのも束の間・・・

「そうそう!I think so. 日本で安倍やめろとか騒いでたみたい。なんか変。他所の国の真似してるだけ。なんかバカ。democracyのprotocolでちゃんとやればいい。香港でそれできない。アグネスが日本の若者をそう焚き付けるの、おかしい」

「まさしく!そうなんだよ!」

僕は驚きと嬉しさで彼女を抱きしめたくなる。こんな話で盛り上がれるなんて。“なんかバカ”みたいな言い方、グッときちゃう。あれ?僕ってMか?どうしてこんなに気が合うんだろ。

え?これが噂の?ピグモの恋キューピッド?

ご主人様のことを知り尽くしているピグモ同士が情報交換してマッチングする。ほぼハズレはない。本人が気が付かないような好みや癖をAIでマッチングさせるんだから。でも頭越しに本人にコンタクトを取ったりみたいな無粋なことはしない。プライバシー保護というコンプライアンスもあるが、それよりもエンターテイメント。日常に”物語”を作り出す。それがピグモサービスの最大の魅力のひとつ。こんな風にハプニングでわくわくを体験させてくれる。
そういえばピグモが来てから出かけることが増えたし、面白いイベントにも毎月行ってる。

ただ後から聞いた話だけど、アンジーには決してハプニングじゃなかったんだって。彼女は押しが強くて勘もいいから、ジジの企みにはすぐに気がついた。むしろそれを望んでいたのだ。ピグモの縁結びだから間違いないと最初から確信していたわけだ。だからあんなに積極的だったんだ。

ありがとう。ジジにチャコ。

抱きしめるのをこらえていたら、彼女の方が僕の胸に飛び込んできた。
ほんと積極的。

「ギュットシロ」

チャコが囁く。
そう言われて僕は思い切って彼女を抱きしめる。胸に耳を当ててるからアンジーには鼓動を聴かれてる。めちゃくちゃドキドキしちゃってんだけど不安はない。そういうやつだってことも、多分アンジーにはOKなんだろうから。

あれからもっと出かけることが増えて、わくわくもましましになった。
アンジーと一緒だから。

しかしでも、こんなにもどんぴしゃだなんて、思ってもなかった。

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