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【運用部コメント】金(ゴールド)と通貨~直近の金価格の動きが示唆すること~

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが、引き続き世界的に懸念されるなか、金(ゴールド)価格の上昇が注目を集めています。「有事の金」とは従前からよくいわれることです。今回は、直近の金価格の動きが示唆することについて、各国・地域の中央銀行が発行する通貨との関係性を考慮しつつ、ご紹介していきます。

1. 金(ゴールド)価格は直近、史上最高値圏へ

ご存知の方も多いかと思いますが、金価格は直近、史上最高値圏にあります(グラフ1)。現物価格は一時1トロイオンス(約31.1グラム)あたり2,000米ドルを超え、直近では同1,900ドル近辺で推移しています。昨年(2019年)半ばから急上昇局面に入り、2020年10月15日までの一年間で約27%上昇しました。

金価格の決定要因は為替相場同様多岐にわたりますが、金融市場がリスクオフ局面に入ると米ドルが売られる一方で金が買われる現象は、これまでにも頻繁に見られてきました。リスクオフ局面に入ると買われる代表的な資産は金、日本円そしてスイスフランということもあり、これらの資産を市場参加者は「リスクオフ三兄弟」と呼ぶことがあります。

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2. 期待実質金利と相関関係が極めて高い金価格

過去2年弱の動きを見ると、金価格は期待実質金利(名目金利-期待インフレ率)の動きの影響を強く受けています。グラフ2は2019年1月から2020年10月までのそれぞれ、横軸に期待実質金利(米10年物価連動債利回り)、縦軸に金現物価格を表したものです。

データはきれいな右肩下がりに分布しており、線形回帰線を描くとその決定係数(R2)は0.95となっており、期待実質金利の水準が金価格の水準の約95%を説明でき、両者は極めて高い相関関係にあることを示しています。

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ちなみに期待実質金利の長期的な推移はグラフ3のとおりです。

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3. 期待実質金利が当面の間、低水準が続くと考えられる理由

それでは、なぜ期待実質金利は現在低水準にあり、また、低下傾向が続いているのでしょうか。期待実質金利は、名目金利から期待インフレ率を引いたものです。そのため、名目金利の低水準が続く一方で期待インフレ率の上昇傾向が続くと、必然的に期待実質金利は低下傾向で推移します。

現在の市場参加者のインフレ予想を見てみましょう。グラフ4は米10年物価連動債利回りと5年物価連動債利回りから算出された「5年先の向こう5年間の期待インフレ率」の推移を表しています。

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このグラフ4を見ると、2010年以降低下傾向にあった期待インフレ率が2020年3月20日を底に反転上昇していることがわかります。2020年3月20日というと、「コロナショック」と呼ばれる世界的な株式市場の急落により、直近の底を付けた時です。

その直後に、米FRBは緊急利下げを行い、かつ、大規模な量的緩和を再開しました。また、世界中の政府は一斉に大規模な財政出動を行い、コロナ禍で急減速する景気を何とか下支えしようとしています。

これを受け、市場参加者は、マネーが過剰となり、また、中央銀行は今後も政策金利を低位に維持すると考え、これに伴って長期金利はそう簡単には上がらないであろうと予想しています。その一方で、各国の財政状態が急激に悪化するため、将来の増税は避けられない、則ち物価上昇圧力が高まると見ているわけです。したがって、直近において、急激にインフレ予想が高まったといえるでしょう。

当面長期金利は上がらない、しかしながら将来のインフレ率が上昇すると予想される、ということは、期待実質金利は当面低水準で低下傾向が続く可能性が高いと考えられます。よって、期待実質金利と相関関係の強さが維持されるとすると、金価格の上昇は続く可能性が大きいと考えることができます。

4. 金価格と通貨

「金(ゴールド)は貨幣であり、その他の資産はクレジット(信用)である」という格言は、J・P・モルガン・アンド・カンパニー(現在のJPモルガン・チェースとモルガンスタンレー)の創始者であるジョン・ピアポント・モルガン氏によるものだといわれています。つまり、資本市場において金こそが唯一の価値の根源であり、その他の金融資産の価値は発行体や市場参加者の信用の上に成り立っているということです。

かつての金本位制のもとでは、中央銀行は、自ら発行した紙幣と同額の金を常時保管して、兌換(金と紙幣とを引き換えること)を保証していました このように発行者の信用で、同額の金貨や銀貨に交換することを約束した紙幣のことを兌換紙幣といいます。しかしながら、現在の世界中の紙幣は兌換紙幣ではなく、あくまでも各国の中央銀行の信用力のみ裏付けられた不換紙幣です。

それでは、各国の紙幣(=通貨)の絶対的な価値がどのように推移したかを、各国の通貨建ての金価格でみてみましょう(グラフ5)。

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過去10年余りの推移を見ると、水準は各通貨建てでまちまちであるものの、どの通貨建てでも上昇していることは一致しています。これは、金に対して通貨の価値が下落してきたということもできるでしょう。不換紙幣である各国通貨を発行している中央銀行ないしは国の信用力は金と比べて低下しているのかもしれません。

為替レートとは、2国間の通貨の交換比率であり、あくまでも相対的なものです。しかし、各国通貨建ての金価格は、各々の通貨の金という固定された座標軸でみた絶対的な価値を表しているといえます。この点を踏まえると、為替相場とは別の景色が見えてきます。

5. 当面の市場の動き

2020年10月13日に発表されたIMFの最新の世界経済見通しでは、2021年末までに世界の総生産(GDP)が2019年末を0.6%上回ると予想されています。ただ、これはほぼ全てが中国の寄与によるもので、米国を含めほとんどの国は少なくとも2022年になるまではコロナ禍以前の水準を回復しないとされています。

また、2020年10月12日に公表されたバンク・オブ・アメリカの海外機関投資家のアンケート調査では、世界経済が「コロナ以前」の成長軌道に戻るのは2022年以降、という見方が主流になりつつあります。現時点で株式市場が想定しているV字回復は、大規模な金融緩和で緊張感が薄れてしまったがゆえの、過度な楽観視という可能性も否定できないでしょう。

一方で、2020年3月のコロナショックは一時的なものではなく、北半球が冬場を迎えるこれから来年初めにかけ、2回目や3回目のコロナショックが起きるとするのは、過度な悲観視とまではいえないかもしれません。

資本市場で信用が崩れる時には、価値の根源である金に対する需要が高まり、金価格が急騰する可能性は十分にあり得ます。先行きを見通すのは非常に難しいですが、少なくとも今後しばらくは金価格の動向から目が離せないことはたしかです。

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