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「17時55分地方ニュース」作成メモ

これをあげている時にはきっと映像と台本が出来上がっている頃でしょう。
どうも、フリーソフトと和解が出来ない青木です。

本来ならば、「上演」という形で表現できれば一番理想形ではあるのですが難しそうだったのでこういう風に作りたかったというメモを作りました。

普段は脚本書きですが、学生時代に弱小演劇部ながらも脚本、演出・舞監、役者、音響編集と色んな草鞋を履きこなしておりました。演劇は色んな角度から見ると色んな楽しさが見つかるもので…。演出って脚本書くのとまた違った視点で楽しめるのでいいですね。

作品はこちらの記事から→https://editor.note.com/notes/n10ffe8ba7894/edit/

○創作背景(という名の弁明)


今回のネタには元ネタがあります。
数年前、ニュースで「無敵の人」という言葉を知って書きなぐっていたものでした。自分なりに「社会への復讐って何があるんだろう」→「無敵の人が街中のビルで遺書を読んだのち、社会に復讐するため身投げする(※自分が死んだらこの世のすべての人間を抹殺できる)」というとんでもく物騒なネタをつくってました。

今年の7月、発表も含めた劇の募集を見つけてネタを掘り返しつつ台本の資料を探していた時、「新宿駅のSNS遺体写真流通」「人身事故の遅延のニュースと芸能人の訃報ニュース」が目にとまりました。『「悼まれない死」ってむごいなぁ。やっぱ命って平等じゃないんだ。何が原因でなくなったんやろうか。きっとぎりぎりまで悔しかったし苦しかったよな…。―よし、これをテーマにして作品にしよう』と決めました。

○役者について


この演目を選んだ理由はもう一つ、演者の関係がありました。

7月にあった劇の休憩中、「気楽に見れるものがいいよね」という雑談が客席側から聞こえました。ならば、比較的明るい「理想と現実」(https://note.com/crow69/n/n945c7fbf852c/大学生が、ただただ理想の顔か理想の鎖骨を選ぶだけの話)を一人用に書き換え、様々な鎖骨の写真を持っていくのもいいかもしれないと思っていました。

しかし、「劇団あてどなし」には役者どころか劇団員がいません。

演者はただ一人。―そう、ボクしかいないのです。

【「青木」(役者)の特徴】
・中学~大学まで約10年ずっと演劇部。一人芝居もやった。
・学内を中心に活動。学外(市民演劇2回)でも役者として参加。
・演技力は下の上 (+社会人になってからブランクあり)        
【 ↓過去の演目から得た客観視してみて似合うキャラクター】
・「(コメディ系では)不憫・へたれ役
・「(真面目系では)死ぬ/死にそう役」→市民演劇2年連続死んだ
・声のトーンを下げれば「(かろうじて)皮肉な役
(※会場が広くなればなるほど声は出しずらくなり、聞こえなくなる)

―青木(演出目線)/青木(脚本目線)「うわ…にあわねぇ…」


満場一致で新しく書くことに決めました。

○この演目でやりたかったこと

この作品を作るとき決めたことがありました。

2週間以内につくること。
②映像の利用を使うこと。
③観客の心を抉りにいくような演出を組み込むこと。  
の3つです。

①「2週間以内に作る」というのは、高知の締め切りが7月末だったので。1週間以内におおまかに全体の流れを完成させて、もう一週間で修正・訂正をしようと…。今日まで空けられる時間はすべて突っ込み、ただただ徹夜で作っていました。台本はもっと練れたらよかったのですがきりがなくなってきたので現段階で上げようと思いました。

②「映像の利用」は元の記事(https://editor.note.com/notes/n10ffe8ba7894/edit/)でも書いた通り、不具合の調整のために今回初めて作りました。もうここから無謀でしたね。パソコンぶっ壊れたらどうする気だったんでしょうか。

あと、学生の時から「どうしても椅子・道具類を用意しても、舞台が広ければ広いほど、物がなければないほど「壁」感がいなめない。けど、劇団のように予算がない。でもやっぱかっこいいものが作りたい。―映像使えば迫力補えるんじゃない?」とただただやってみかったのですが、当時はフリーソフトのフの時も知らず、無念のまま終わって心残りだったのもありました。

「②観客の心を抉りにいくような演出」は別にストックしているネタでも考えていた「いつかやってみたい」と思っていたものになります。もちろん、物理ではなく精神的にです。

「17時55分地方ニュース」舞台構図

こちら、台本最後の場面です。

最後にブルーシート音声だけ流して「主人公はこういった事情で死んで物語は終わりました。怖かったねぇ」で終わらせることもできますが、客席側も物語の一部の空間として入れ込んだ演出にしたかったです。

仕事や学校でひどく疲れた時、ものすごく急いでいる時等、【人身事故による遅延】を煩わしいと微塵たりとも思ったこともない人間はごく少数でしょう。(「私は思っているし、亡くなった方に対して泣いて心の中でちゃんと弔っている」という方がいらっしゃったらごめんなさい)

また、ニュースやドキュメンタリーでみかける加害者の言い分『○○のつもりは「なかった」』という言葉で見えてくるのは「傷つけている間は自覚がない」のだと青木は思います。まぁ、どんなに気をつけていても人と関わっていたり言葉を使っている以上「まったく誰かを傷つけない」というのも不可能です。悲しいことに。

電車から降りてインタビューを受ける人たちも「自分が主人公の自殺への背中を押した」とは思っていないし、人混みの中うずくまっている主人公をある人は「よかれと思って」、ある人は「めんどくさくて」、ある人は眼中にもなくて、観客は「主人公が病院に通い、希死念慮をもっている人物」だとわかっていても、その人混みと同等「誰かが救うだろう」と主人公をほっておくのでしょう。

「そして私はあなたに殺された」(これ、他殺だよ)
これをどう伝えようか考えた結果、こんな構図とあの映像を作りました

―え、脚本がわかりずらい?そもそも演出の考え方が破綻してめちゃくちゃだ?もっといい方法があるだろう?

ごめんなさい、それは、その、勿論、実力不足は重々承知でございます。
脚本もこつこつ勉強して、これからも精進していきますので、どうか、どうか、たまにでもいいのでまた見に来てください。よろしくお願いします。

それではまた…。

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