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エッセイ

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2020年10月の記事一覧

人生という線を紡いでいく

「あなたと別れたい理由は3点あります」 1ヶ月だけ付き合った彼女の言葉は、プレゼンテーションの冒頭のようで妙に印象に残っている。 その日は仕事のイベント開催前日の夜であった。明日から始まるイベントの成功を祈りつつ、ワクワクと緊張に押し潰されそうな夜であった。憂鬱な気持ちで寝ようとすると、彼女から電話がかかってきた。 「実は話したいことがあるんだ」 たわいもない話をしていると、急に言葉のトーンが変わる。この時点で、何かを察した自分の脳のシナプスが繋がる感覚がした。そして、話

偏見が広げる世界 -マレーシアのボルネオインターン紀行 ホームレス編-

「アイムルッキングフォーマイハウス」 灼熱の炎天下、遠い異国の土地で道ゆく人に声をかける。あたりには日本人はおらず、ぼろい車の排気ガスや、剥き出しの工事現場から、風が得体の知れない匂いと共に砂塵を運ぶ。両脇にはスーツケース。なぜこんなことになってしまったのだろう。 大学3年生の終わり頃、就職先が決まった私は、所属する会社の海外部署にどうしても所属したかった。ただ、学生が海外の部署に所属したい! と叫んでも願いを叶えてくれるほど大人は甘くないと考え、学生のうちに実績を作ろうと

熱狂する「Air」の作りかた -iPadを買うか買わないか本気で悩んだ話-

熱狂を生み出すにはどうしたらいいか。その答えは、「焦らすこと」である。 話は8月末に遡る。 「iPad買ったんだよね」 友人が見せてきたものは、iPad Pro。やや縦長で、スタイリッシュに輝くその機体を、得意げに手に持ちながら話しかけてきた。 「どうして買ったの?」 自分の口から出てきた言葉は、「いいね」でも「格好いい」でもなく、なぜそんなものを買ったのか、であった。 と言うのも私は学生のころにiPadを持っていた。その時に自分が所持していた理由はまさに「格好い

なんでも治す祖母の魔法の知恵袋

「あったかくして、揉めば治るよ」 それが祖母の口癖であった。 共働きの両親を持つ私は、幼稚園から高校まで祖母の家に預けられた。夜遅くになって帰ってくる両親。顔を合わせる時間は週末を除けば殆どなく、どうしても両親と関係性を深めることができなかった。毎晩家に連れて帰りたい両親と、祖母の家から離れたくない自分。帰りたくないと玄関で言うたびに、両親は哀しい顔をしていた。 そんなことは露知らず、祖母は孫の私を甘やかしてくれた。食べ物を用意してくれたり、買って欲しいものを買ってくれ