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【短編小説】 無限受肉田中










第一章       変貌田中









田中の、顔が、変わった。

いや、顔だけではない、全身、肉体、すべてが。

整形だとか、印象が変わったとか、
そんなレベルの話ではない。

まったくの別人、でしかない。

なのに、友人知人は皆、
何一つ、変わりなく田中と接している。

オレだけが、田中を、受け入れられない。

まだ知り合って半年。

仲は良かったが、そんなに田中をよく知っているとは、言い難い。

が、見た目が完全に、ある日突然に、変わって、

気づかないはずはない。

あまりのことに、自分の正気を疑い、

メンタルクリニックや、脳外科の知人すらも頼った。

しかし。
何一つ、解決はしなかった。

田中はある日突然に、肉体が変わり、

そしてそれを、誰も、気づかない。

これもまた、信じられないことだが、

田中と一緒に写った写真、動画、すべても、

今   の田中に、すり替わっている。

こんなことが起きれば普通、
かなり騒ぎ立て、いろんな人に話すのだろう。

しかしオレは、内気で無口で、

他人にほとんど心を開かない人間であるため、

結局、誰にも何も、言っていない。
何人かの医者に、曖昧な説明をしただけだった。



毎日毎日、徹底的に考え続けたが、
何一つ、わからないまま、1ヶ月が過ぎた。



田中は、違う肉体の、田中になったのだ。



オレだけが、それを知っている。


または、オレだけが、そのように、狂っている?










第二章           仲良し田中







田中は、簡単に説明すれば、
めちゃくちゃに良い奴だ。


オレが内向的過ぎる性格ゆえに、
バイト先の誰とも親しくできていなかったのを、
さりげなく、どこまでも巧みに、溶け込ませた。


まともに友人と呼べる、呼びたい、
初めての人だったとさえ、言える。

そんな田中が、別人になってしまった。

とはいえ、肉体だけの話だ。

見た目も声も、まったく以前とは違うが、
相変わらず良い奴で、

今は、ごく普通に、仲良くしている。

人間、あまりにも非現実的なことには、
案外、簡単に慣れてしまうらしい。


田中が、別人肉体田中になって2年ほどは、
オレも相当に、心乱れていたが。


もはや、
受け入れて、
しまった。

もうなんというか、考え過ぎて疲れ果て、

オレの方がおかしいのだと、納得してしまった。

実際、オレの記憶以外には、


田中が別人肉体田中であることの、証拠が無い。


誰1人、信じないだろうし、
田中本人も、信じないだろう。

無理やりに結論付けるならば、

オレの脳に、バグが起きたのだ。

専門家にも見つけられない、ある種、
オカルトめいた、バグが。

(オレから見て田中の)肉体が変わろうとも、

オレの大事な友人、田中であることに、
変わりは無い。

そのことに、
今は感動すら、覚えるのだ。










第三章             語る田中








田中の家に、遊びに行った時。

ちょうどドアを開けて、出て行く少女がいた。

12〜14歳ほどに見えるその子は、

あまりにも美しかった。



純白ゴシック、派手な百合の髪飾り、
白に近い、透けるような銀髪、

まるで陶器のような手脚を、惜しみなく晒す。



瞳は紅く、強い視線は、空を見つめるよう。

ピンクのリップに輝く唇、口元には、笑み。


激しく見とれつつも、オレは、

反射的に、会釈した。

少女は、軽く頭を下げると、

さっさと歩いて、駅方面へ向かって行った。



なんとも言い難い、香りがした。

チョコレートと、線香を、混ぜたような。




異様とも言える、外見や、雰囲気や、存在感。



オレは中に入るとすぐに、
田中を問い詰めた。




「いやいやいや………おいおい。

あの子…………………………………何?」




誰、ではなく、

何か、と、思わず、訊いていた。


田中のことに、
ようやく慣れたというのに。

また、
オレは奇妙なものを味わうのか、という、

期待とも、恐怖ともつかぬ感情が、


電撃のように速く、脳内を巡っていた。



冷蔵庫からビールを取り出しながら、
田中は笑った。



「まあ〜、本当は隠していたかったんだけど。
見つかっちゃ、しょうがないかなあ。」




以下、田中の語った内容。



「お前がさ、バイトに入ってすぐ、くらいかな。
ウチにいたら、しつこくドアをノックする奴がいたんだよ。

夜中の2時だよ?

やべぇ奴に間違いないって、
ずっとシカトしてたんだけど。

あんまりしつこいんで、頭に来てさ。

怒鳴りながら、ドア開けたんよ。

んだよこらあ!って。

そしたら、あの子がいたわけね。

もちろん、驚いたよ。

あんな、………だろ?

国籍すらわからんし、

目はたぶん、カラコンなんだろうけど…。
リアルに赤い目の人間って、有り得るんだっけ?

明らか子どもだからさ、下手に関わると、幼女誘拐とかになりかねんから、

慎重に、ドアを開けたまま、
ずっと話しかけたんよね。

でもダメ、ニコニコしてるだけ。
何も答えないし、ずっと動かない。

警察に電話、と思ったんだよ。

で。

これは………………

信じないだろうけど。

警察に電話、って
考えた次の瞬間には、

どういうわけか、

オレとあの子は、
テーブル挟んで、お茶飲んでた。

いやいや、わかるよ、信じないよな。

でも、事実でさ………………………。」




……………それ以来、

数日置きに訪ねて来ては、

お茶を飲んで、帰るのだと言う。


一言も、話さないまま。


当然、オレは思った。


田中の肉体が別人になったことと、

関係があるのではないか、と。





しかし、下手なことを言って、
田中に嫌われたくはないし、
そもそも、オレがおかしいかもしれないのだ。

田中の話も、十分に異常だが、

実際、あの子を見ている分、
まだ、リアリティがあった。

その日はさんざんビールを飲んで、
いろいろと語らったが、
(というか、大半は田中が喋っていた)



他愛ない話に終始し、お開きとなった。





第四章          無限受肉田中






田中との付き合いは、10年を超えた。


ずっと仲は良かった。

オレが大病を患い入院したり、
田中がバイクで事故ったり、
旅行に行ったり、
一緒にバンドを組んだりもした。
(他メンバーが抜けて、解散したが)


いろんな、思い出がある。



あの子の話は、あれ以降、聴いていない。


話題に出そうとすると、
田中は、明らかに、ごまかすのだ。





新しい肉体の田中に、もはや慣れ切って、
忘れつつさえあった。

が、

大事件が起きた。


それは、オレにとってだけ、だろうけど。




ある日、田中と駅前で待ち合わせしていた。

ごめんごめん遅れた、と僕に近づいてきたのは、


「あの子」の、面影がある、

25〜30歳くらいに見える、

女、だったのだ。





オレは、10分くらい、沈黙していた。

外見、肉体はまったく違うが、

この女は、

田中、なのだ。

オレには、それがわかる。

田中は、何も言わず、ずっとオレを見ている。

まるで、


あの子のような、

超然とした、瞳で。




何を訊いたところで、
何を考えたところで、


すべて無駄なことも、わかる。



ああ、田中は、


自由に、無限に、肉体を変えられるのだ。


これで2度目だが、

またいつ変わるか、わからないな。

でもたぶん、
これは、「あの子」の仕業であり、

あの子に、なりたがった田中の願いを、


あの子が、叶えたのではないか?


オレの思考は、そう結論を出した。


現実味など、まるで無いが、


田中の、2度の受肉と、
あの子の、絶対的な存在感。


オレはもう、
納得、
してしまうことにした。




「寒いから、もうそろそろ行こう。」


田中が、オレの腕を取る。

無限受肉田中、というワードが、思い浮かぶ。

まあ、どうでもいいか。


田中は、田中だ。
オレは、オレだ。



意識していなかったが、
今日はクリスマスじゃないか。




駅前には、巨大なクリスマスツリー。

無数の人たちがひしめき合い、通り過ぎる。


信号変わるぞ、早く、と田中が言う。

オレは引っ張られるままに、ついて行く。



この街のシンボルとなりつつある、

巨大モニターの猫が、

大きく、

鳴いた。






ー 了 ┈

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