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刹華フラクタル








1節        指先パルス








安くて美味しくて、オシャレでメジャーな。

そんなイタリアンレストランに、
私と、刹華(せつか)は、来ている。

都心の週末、おまけに昼時だから、
かなり混雑していた。


恋愛や仕事、最近観た映画の話で、
さんざん盛り上がったあと、
話疲れて、しばらく沈黙していた時。


私たちのテーブルの横を、通り過ぎた少女。


12〜14歳ほどに見えるその子は、
あまりにも美しかった。


純白ゴシック、派手な百合の髪飾り、
白に近い、透けるような銀髪、
まるで陶器のような手脚を惜しみなく晒す。


瞳は紅く、強い視線は、空を見つめるよう。
ピンクのリップに輝く唇、口元には、笑み。


ほんの数秒、見とれていたのだが、
彼女は通り過ぎざまに、
私と刹華の、肩に触れた。


かすかに、わずかに、繊細に、指先だけを。





瞬間、電流が走った。



バチン、と脳内で、音が聴こえた気がした。



店内の喧騒は遠のき、

私と、刹華は、見つめあった。

少女は、消えた。
どこにも、いない。
白昼夢のように。




鼓動が、

全身を打ちのめすように、

高鳴る。


わずか、1秒にも満たぬ時間で。

私と刹華は、

別次元の、莫大な、

生々しい、記憶に、呑まれた。











2節         視線エンド






刹華は、幼なじみだ。

小学生高学年の頃、転校してきた初日から、

私たちは仲良くなった。
綿に水が吸い込むように、あまりにも簡単に。


男装が似合うような、クールビューティー。
私よりも20cm、背が高く、
胸は無いが、モデルのようなスタイルで、
たぶん、一目惚れに近い感覚だったと思う。



特に、説明も必要無いような。

あまりにも平凡な、だからこそ幸せな、

親友関係として、30歳の今までを、

穏やかに、楽しく、関わってきた。







お互いの視線が、

脳を焼くような、激しさで貫いたまま、

5分ほども過ぎた。





お互いに、何も言わない。


お互いに、何も言えない。




なぜならば。

おそらく。



あの、人とは思えぬ美しい少女により、

私たちの、


前世の記憶が、すべて蘇ったからだ。




この人生などあっさり消し飛ぶような、
まるで何も無かったことになるような、




凄まじく濃密で、

恐ろしい記憶、だからだ。





私は、震える声で、言った。

まるで、自分の声とは思えなかったが、

確かに、私が、発した音だった。






「 トイレ、行ってくるね。」








3節       香るコールタール







私が席に戻ると、

刹華は、

何事も無かったように、言う。

「 何か、追加で頼む? 」

微笑みを浮かべ、明るい声色で。


私も、まるで自分が人形のような感覚を覚えながら、答える。




「 うん。まだまだ食べれるよね。
今日初の食事だからさ〜。」





言うべきことは、

そんな言葉ではない。




だからこそ、あまりにも巨大な恐怖に、

私は、私と、分離していると感じた。




全身に冷や汗、脂汗をかき、
鳥肌が、わきたつ泡のように、駆け巡る。



しばらく、自動人形として、
他愛も無い会話を続けるうち、


追加した料理が、並べられる。

どれも、コールタールのような、香りがした。


味などわからないが、

なぜか私は、美味しいね、などと言いながら、

それらを口に運ぶ。




騒がしい店内と、
ここにはいない、私たち。




私はもう、正気ではいない、

どこか遠くで、そんな言葉が浮かんだ。









終節        刹華トーク







新しい料理が届いて、

あらかたを食べ終えた頃、

刹華は、一気に、話した。
微笑みながら、優しく、優しく。




私はたぶん、少しずつ、
失禁していると思う。
よくわからないけど。







「 たぶん、 絵里も、わかってるんだよね。

さっきのアレ、人間じゃないんだろうな。

ごめんね、なんて。
言っていいのかわからないけど、

そういうことだろうね。


妄想とか催眠術とか、ドラッグとか?


そんな次元のものじゃないし、

これは本当のことだよ。




私は、絵里を、殺したんだね。
殺したというよりも、
いたぶっていたら、死んだ、が正確かな。



前世って、本当にあるんだね……。(感嘆)




感動しちゃったよ。(涙を流し、天を仰ぐ)



私たち、というか人間って、
永遠に、生まれ変わるのかもね。



前世以前のことは、わからないけど。


ちょっとショックなのは、
私、あんなブサイクなおっさんだったこと。


いやいや、今世はラッキーだね。(しばらく笑う)

まるで蛆虫と、

蝶々くらい、差があるじゃない。



大量殺人鬼で、逮捕すらされなかったのに、

こんな美人で、生まれ変わるとはね。



罪と罰って、何なんだろうなあ。

不思議だなあ。(10分、沈黙)




絵里は変わらないね、
ほとんど同じなんじゃない?


まあ、こうしてすべてを思い出してみれば、

私は、前世から、絵里に執着しているんだね。

だってさあ〜、可愛いんだもん。



そりゃあ、拷問も、したくなるかな。



魂の叫び? みたいな完全な深層まで、
見たくなるんだね。


あらゆる苦痛を、

与えたつもりだったし、

さんざん、セックスもしたよね。(顔を手で覆う)

(深い、溜息)


(沈黙、40分)




ひとつだけ、

やり残してたこと、

あるんだけど、

聴いてくれる?





私は、
何か。

甘い香りを、感じる。


なんだろう、ケーキとか、そんな、甘い。



脳が壊れている、
魂が、壊れている。


意味はわからないが、

私は、

ヘラヘラと、笑っているようだ。


「 なになに、いってみてよ、せつかちゃん。」


音が出た。

私の、からだから。




刹華は、私をテーブル越しに抱きしめ、
囁いた。




「 やり残してたこと。

私、絵里を焼いてみたい。

ガソリンとか灯油とか、そういうので。

もちろん、生きたままだよ。

あ、逃げないでね。

逃げても、たぶん無駄だしさ。

あ、ここのお会計は、私が払うね。

うんうん。

(沈黙、2分)」





陽気なポップソングの流れる店内。




わたしは、わたしは、わたしは。

わたしは、そうか、


焼かれちゃうんだ、


壊いなあ。

壊いなあ。

怖いなあ、

うん。





刹華は、伝票を手に、立ち上がった。

わたしは、なぜか、歌っていた。

何人かの、お客さんや、店員さんが、

私を見る。


この歌って、タイトルなんだっけ?



なんとかフラクタル。思い出せない。

刹華フラクタル、ってしたら、


語呂がいいなあ、なんて。

ああわたし、わたしは。


自分の歌声の中に、私は溺れながら、

窓の外に見える、

穏やかな、

都会の夏を、感じている。













─  了  ─

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