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『十字架』 読書感想文

『十字架』 重松清


十字架。高校生の頃一度だけ読んだことがある。今日丸一日かけて再読してみたが、かなり内容が濃いなと思った。物語の後半で泣いてしまった。感情が突き動かされる度に、深く考えさせられる、そんな作品だ。書きたいことがまとまらない。それぐらいこの作品を読んで思うところは多い。



❐概要

物語のメインテーマはいじめだ。いじめの加害者、被害者を双方を中心にストーリーは進展していく。特に焦点が当てられている題材は、いじめの傍観者である。

物語の主人公である真田裕がいじめを目撃したのは中学二年生のころだ。いじめの標的は藤井俊介。物語は裕が自らの過去を語る形式で綴られておりその中で藤井俊介はフジシュンと呼ばれている。二人は小学生までよく遊ぶ間柄だったのだが、中学に進学し裕がフジシュンと距離を置くようになり二人は疎遠になる。フジシュンはいじめに遭い自殺してしまうのだが、死ぬ前に遺書を書き残していた。そこには親友の裕に対する感謝の気持ちと、思いを寄せていた中川さんへの謝罪、そしていじめの主犯格である二人の男子生徒への憎しみが込められていた。この遺書に言及された人々と遺族であるフジシュンの家族が物語の中核となる。

いじめを傍観し、フジシュンへ救いの手を伸ばそうとしなかった罪が十字架となって裕を苦しめる。一方で時に自分の犯した罪について考える余地を与えることもある。この十字架を乗り越えるのではなく、一生を通して背負いながらむしゃらに生きる裕の姿が本書には記されている。

下記では主人公が抱える苦悩について書きたい。


○真田裕の苦悩

いじめによって被害を受けたものは何も当事者だけではない。フジシュンの家族や遺書に記された生徒らも彼の自殺が原因で様々な苦悩を経ている。

主人公である裕はフジシュンを親友として認識していなかった。彼の中ではフジシュンはただのクラスメイトでしかない。それなのに遺書には彼がフジシュンの親友であることが記されており、それがメディアを通して世間に広がってしまう。フジシュンが裕のことを一方的に親友だと思っていたのだ。そのおかげで彼はフジシュンの遺族と深い関係を築かざるをえなくなる。

「なぜ息子を助けてくれなかったのか」

「それでも親友なのか」

フジシュンの父から発せられる冷徹な言葉の前に裕はどうすることもできない。なぜなら、裕の良心が「自分は親友でもなんでもない」ことをフジシュンの家族に告げることを許さなかったからだ。そんなことすれば彼らは悲しみに打ちひしがれるに違いない。しかし彼は納得できなかった、なぜ自分だけが犠牲ならなければいけないのか。だが振り返ってみれば、フジシュンもいじめのターゲットという理不尽な犠牲を強いられていたのだ。彼は仕方なく遺族のもとへ通いつめ自分の罪を償うのであった。



❐感想

傍観者としていじめの加害者になることについて深く考えさせられた。また、フジシュンの自殺が原因で周りの人びとが抱え始めた苦悩に深く共感した。


○傍観について

裕がいじめを傍観しフジシュンを助けなかったことは罪なのかもしれない。救えるはずの人間を救わなかったのだから許されることではない。しかし、裕が傍観者の代表として罪を償うことはとても不公平だなと思った。

傍観してしまう気持ちは多少理解できてしまう。そんなに親しくもない人間を助けるために危険を顧みず行動する人がどれだけいるだろうか。ましてや中学生が実行できることではないと思う。中学生というのは自分のことで手一杯なのだ。経験の浅さから自分とはどういう人間か理解ができていない。自分が理解できていない状態で他者のことを深く思いやることができるのだろうか。少なくとも中学時代の僕にはできない。

ならばどうやっていじめから被害者を救うのか。教師がいじめに介入するケースは稀だ。加害者はいじめの事実を巧妙に隠すため案外教師がいじめを把握することは難しい。いじめられるのはあなたに限ったことではない、いじめにあったらこうするべきだという指針を示すなど、いじめについての情報を強く発信すれば救われる生徒もいるのではないかと思う。やはりいじめの目撃者が救いの手を差し伸べることが最も効果的であると思うが。


しかし、いくら難しいこととはいえ他者の苦しみに共感し彼らを救おうとすることは人間にとってなくてはならない優しさだと思う。

この優しさなしに人間を語れない気がする。社会の中で助け合うことが人間がもつ本性の一つだと思うからだ。


○母親の苦悩

フジシュンの母親が息子を失った苦しみは深刻なものであろう。息子を失い憔悴していく母親の姿も痛ましいものであったが、それに加え母親が現実逃避をしていく描写もかなりの悲壮感を漂わせる。母親が語るフジシュンの生前の姿が現実のそれと解離しているのだ。母親の中ではフジシュンは人気者で充実した学校生活を送っていたように聞こえるが実際はそうではない。母親も真実を知ってはいたがそれを直視することを拒むところに虚しさを覚えた。


中学校はまるでジャングルだ。特に公立中学に関しては色々な価値観を持つ生徒がいるため混乱しやすいと思う。今思えば色々大変なことがあったと、自分の中学生時代を振り返って思う。

この本を読んで困ってる人を無条件で助けられる人間になりたいと思う。他者を見殺しにはしたくない。


❐初耳単語集

・荼毘→火葬

・バルネラビティ→脆弱性

・居留守→家にいるのに居ないと噓をつくこと。

・悪びれる→恥ずかしがる、自分のしたことを悪いと思う。

・上がり框(かまち)→玄関の土間と床の段差のところに設けられる化粧材の横木のこと

・三和土(たたき)→コンクリートで仕上げた土間。

・根治→病気などが完全に治ること。

・拡幅(かくふく)→道路の幅を広くすること。






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