オーストラリアの多文化社会②ー多文化主義政策の歴史
NSW州シドニー滞在中、多文化政策と関係ある教育機関や非営利組織をいくつか視察訪問するうち、どの訪問先でも言及される、多文化主義の拠り所となる経緯・政策があることが分かってきた。ここではそれらを取り上げて紹介したい。
１ アル・グラッシビー移民担当大臣による多文化主義宣言（1973年）
”1973 – Al Grassby, Minister for Immigration in the Whitlam Government issued a reference paper entitled A multi-cultural society for the future.”
「未来に向けた多文化社会（A multicultural society for the future）というスピーチにおいて、政府の公式発言として初めて「多文化社会（multicultural society）」という言葉を採用し、文化の多様性を発展させていくことを認めた。原文は下記から読むことが出来る。https://www.multiculturalaustralia.edu.au/doc/grassby_1.pdf
多文化社会を目指すというイメージが、1973年に公的なスピーチで言及されたことは、豪州が経験してきた多文化主義の歴史の長さを感じさせられるものだ。このころ日本では、第一次オイルショックが起こり、翌年に戦後初の経済マイナス成長を記録。大気汚染問題が新たな局面を迎え始めた時期で、「ノストラダムスの大予言」が出版された年であった。
２ 「人種差別禁止法」制定（1975年）
"1975 – At a ceremony proclaiming the Racial Discrimination Act 1975, the Prime Minister referred to Australia as a 'multicultural nation'. The Prime Minister, and Leader of the Opposition, made speeches demonstrating for the first time that multiculturalism was becoming a major political priority on both sides of politics."
「人種差別禁止法（Racial Discrimination Act 1975）」は、オーストラリアにおける差別禁止法の中でも初期に制定されていた事も非常に印象的だ。このあと、性差別禁止法、障がい者差別禁止法、年齢差別禁止法などが制定されている。
３「多文化オーストラリアに向けての国家的課題」が政府報告として発表（1989年）
”1989 – following community consultations and drawing on the advice of the Advisory Council for Multicultural Affairs, the Hawke Government produced the National Agenda for a Multicultural Australia, which had bipartisan political support.”
「多文化オーストラリアに向けての国家的課題（National Agenda for a Multicultural Australia）」において言及された指針は次の3つである。
multicultural policies are based upon the premise that all Australians should have an overriding and unifying commitment to Australia, to its interests and future first and foremost;
多文化主義政策は、全ての豪州国民が、何よりも第一に豪州の利益と未来を優先し、一丸となって責任を持つという前提の上に成立する（意訳）。
multicultural polices require all Australians to accept the basic structures and principles of Australian society - the Constitution and the rule of law, tolerance and equality, Parliamentary democracy, freedom of speech and religion, English as the national language and equality of the sexes; and
多文化主義政策は、すべての豪州国民が豪州社会の基本的構造と原則を受け入れることが必要である ー 憲法や法の支配、寛容さと平等、議会制民主主義、言論や宗教の自由、公用語としての英語と男女平等（意訳）。
multicultural policies impose obligations as well as conferring rights: the right to express one’s own culture and beliefs involves reciprocal responsibility to accept the right of others to express their views and values.
多文化主義政策は、権利の付与と義務を課す：自分自身の文化や心情を表現する権利は相互責任を伴い、他人が見解や価値感を表現する権利を受け入れなければならない（意訳）。
４ 新たな多文化主義政策（2011年）
February 2011 – The People of Australia – Australia's Multicultural Policy was launched.
August 2011 – the Australian Multicultural Council was officially launched.
2011年、豪州連邦政府により、新たな多文化主義政策（The People of Australia – Australia's Multicultural Policy）が発表された。あわせて、政府に対して多文化主義政策に関する助言を行う任期付き組織として、多文化委員会（Australian Multicultural Counccil, AMC）も設立され、この後多文化主義政策がまた次のステージへの深化を遂げていくこととなる。
The People of Australia – Australia's Multicultural Policy
https://apo.org.au/sites/default/files/resource-files/2011-02/apo-nid27232.pdf
Australian Multicultural Counccil, AMC
https://www.homeaffairs.gov.au/mca/Pages/australian-multicultural-council.aspx
日本と豪州とでは、人口動態や移民受け入れ等の社会環境が大きく異なっているとはいえ、30年前にこうした議論や動きがあったことには目を見張るもものがある。まさにこれから日本社会が経験する可能性のあることを、その何倍ものレベルで、すでに国家・社会として通過してきた豪州の取り組みは、驚きと学びで溢れている。