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僕とフイチンさん

僕とフイチンさん 第1回

僕が小学生の低学年の頃、
母方の実家が石川県の金沢市にあって、
まだ祖母が健在で暮らしていた。
ある夏休みに金沢の祖母の家に行き、
数日滞在したことがあった。

特に金沢の実家の近所には
知り合いなどはおらず、
僕は1日目から退屈した。

それで実家の近所の、
多分貸本屋だったと思うのだが、
そこの本屋で何か読む本はないかと、
探しに行った。

そこはおそらく閉店前の貸本屋で、
僕が普段読むような本とは、
少し違う感じの本が並んでいた。

しかもそのちょっと違う感じの本は、
売られていて、
1册30円から50円くらいの、
ものすごく安い値段がついていた。

今から考えると、
貸本として散々回転した本を
閉店処分として、
投げ売りしていたのだろう。

しかも主要な本はほとんど売れた後で、
地味めの本しか残っておらず、
かろうじて僕が読めそうな本として、
選んだ中の一冊が、
上田としこの「フイチンさん」だった。

僕とフイチンさん 第2回

今回はじめて知ったことだが、
フイチンさんというのは、
ハルピン(旧満州)の大金持ち、
リュウタイさんの家の
門番の娘さんという設定。

その明るく元気のいいフイチンさんの
日常を描いて大ヒットしたマンガだ。

「フイチンさん」は、
講談社の「少女クラブ」に
1957年から1962年にかけて連載された。
つまり昭和32年から37年にかけてである。

「フイチンさん」の作者、
上田としこの父親は南満州鉄道の職員で、
としこも生後40日からハルピンに住み、
昭和21年に強制引き揚げ令が出るまで、
ハルピンで暮らしている。

ちなみに上田としこは大正6年生まれで、
昭和3年生まれの手塚治虫より、
10歳以上年上である。
もちろん赤塚不二夫より、
ちばてつやよりはるかに年上。

図版はちばてつやが書いた色紙

僕とフイチンさん 第3回

大正6年生まれの上田としこだが、
身長の高い家系だったらしく、
身長は167センチあったそうだ。

当時の女性は平均で
150センチ前後だったらしく、
かなりの高身長である。
弟の裕二は187センチあったそうだ。

女学生時代は日本で過ごし、
抒情画家の松本かつぢに師事している。

松本かつぢは少女雑誌の挿絵などを書いていたが、
少女漫画の先駆的な作品
「くるくるクルミちゃん」を書いている。

松本かつぢの門下には、
少女イラストの第一人者、
田村セツコもいる。

松本かつぢの紹介で
東京日日新聞に1年間、
漫画の連載をした上田としこだが、
風刺漫画家の近藤日出造から
「君みたいな世間知らずは漫画家には向かない」
と言われてショックを受け、
社会勉強のためにハルピンに戻り、
満鉄に就職する。

そのまま終戦を迎え、
街頭でたばこを売ったり、
ハンカチにイラストを描いて、
売ったりする過程で
漫画の絵が荒廃した人々の心を
明るくすることを実感する。

なんとか日本に引き揚げたとしこは、
様々な仕事をしながら
アルバイトで「少女ロマンス」に挿絵を描き、
集英社の「少女ブック」に
「ボクちゃん」の連載を開始して、
大人気漫画家になる。

そして昭和32年、41歳の時に、
ハルピン時代の思い出をベースにした、
「フイチンさん」を
「少女クラブ」で連載しはじめるのだ。

僕とフイチンさん 第4回

そして昭和40年代の後半、
すでに衰退した貸本屋の店頭で、
僕は「フイチンさん」と出会っている。

僕にとってはすでに「古い」絵柄、
そして舞台は中国のハルピンという、
何重にも違和感のある、
普段読まないタイプのマンガだった。

それでもなぜか
「フイチンさん」は
とても印象に残っているマンガなのだ。

そしてそれから40年以上が経った2013年、
ビッグコミックオリジナルで
「フイチン再見(ツァイチェン)」という
マンガの連載が始まった。
作者は村上もとかというマンガ家だ。

フイチンってあの
「フイチンさん」のことかなと
僕は思っていたが、
特に読もうと思うほどではなかった。

僕とフイチンさん 第5回 最終回

「フイチン再見」は4年間連載され、
2017年に完結しているが、
あまり売れてはいないようで、
ブックオフなどではあまり見ない。

僕は最近偶然読んだ、
森田拳次の「ぼくの満州」の中に、
満州ゆかりのマンガ家、
赤塚不二夫やちばてつやや高井研一郎や、
上田としこなどが、お金を出し合って、
浅草の浅草寺に満州母子像、
そして中国の柳条湖跡地に
中国養父母感謝の碑を建てた、
という記述にいたく感銘を受けて、
ツタヤで探して
「フイチン再見」全10巻を読破したのだ。

そしてあらためて
「フイチンさん」の本編も読みたいと思い、
Amazonで注文した。

「フイチンさん」の本編は
2015年に小学館から
復刻愛蔵版が上下二巻で出ていたが、
すでにプレミアがついていて、
まあまあの値段だった。

「フイチンさん」がどんな内容だったのか、
まったく覚えてはいない。

それでもなんとなく、
いいマンガだったようなイメージは
残っているのだ。

それは「フイチン再見」で描かれている、
上田としこの生涯がとても魅力的で、
その体験を元にして上田が得た、
戦争はいけないとか、
男女差別はいけないとか、
マンガは子供に夢を与えるとか、
そんなような色々な気持ちが、
ギュっと凝縮されて、
別な形で表現されていて、
幼いボクは「フイチンさん」を読んで、
そんな表には現れていない、
無意識下のメッセージのようなものを
いつのまにか受け取っていて、
それが時が熟して、
今やっと享受できるようになった、
ということなのだろうと思っている。

マンガってそんなに凄いものなんだということを
もっと多くの人に伝えたいと思っている。



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