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「モロさん」と「アリガ」

モロさんというのは、諸原さんという人で、
かつて僕が勤めていたCM制作会社で
プロデューサーをやっていた人。
アリガというのは有賀といって、モロさんのお客さん、
ある大手広告代理店のクリエイティブディレクターで、
わかったようなわからないような、
へ理屈をこねくり回して、
企画のプレゼンテーションをしていた学生運動崩れの人だった。

当時モロさんは60歳くらいで、
アリガは40歳くらい、
僕は20代の若者だった。

モロさんは仕事が欲しくて、
つまりお金が欲しくて、
アリガにべったり張り付き、
お世辞のようなことばかり言っていた。

アリガは性格に癖があるので、同僚に相手にされないのか、
モロさんのようなジジイ相手に、
わかったようなわからないような
説教のような世間話を延々して、
それで結局何が言いたいの?
というような感じで僕とモロさんは、
タクシーに乗って会社に帰るという毎日だった。

そこの広告代理店に
何の役職なんだかよくわからない、
茶髪でいつもブーツを履いている、
派手めの女の人がいて、
僕とモロさんがそこのオフィスに行くと、
いつも足を組んで、
横目で僕たちを見るのだった。

バブル期にそこらにゴロゴロいた、
中途半端に美人で
中途半端にスタイルが良くて、
若さだけが取り柄のような、
頭の空っぽそうな女だった。

バブル期のエセ紳士たちは
こういうような頭とお尻の軽そうな女を、
チワワかプードルのように連れて歩くというのを、
ひとつのステータスとしていた。

ご多聞にもれずその女も、
アリガがどこかの飲み屋から連れて来て、
代理店の雑用をやらせている女だった。

そして出張と称して
海外に連れ出して
会社の金で飲み食いさせているようだった。

バブルというのはそんな時代だった。
「あの女、セックスも、
普通のセックスじゃ満足しないらしいぜ、
ゲッヘッヘ」とモロさんは、
テレビドラマに出てくるエロおやじのようなセリフを言って、
それで満足しているようだった。
それがアリガから聞かされた武勇伝だったのだろう。

打ち合わせと称して
アリガのくだらないへ理屈を
延々と聞かされることもたびたびあり、
バカバカしくなって僕はその会社を辞めた。

数か月後、
僕がいた会社の人から電話がかかってきた。
「紀川くん、モロさん死んだよ」
モロさんは一緒に働いていたころから、
ポケットから何かの乾燥した木片のようなものを出して、
ナイフで削って飲んでいた。

それが強烈な臭いのする粉で、
「モロさん、臭えなあ!」とアリガから言われ、
モロさんは「ゲッヘッヘ」と笑っていた。

僕はモロさんのお葬式には行かなかった。
まだ身近な人の死を、
リアルなものとして受け止めることができなかったのだ。

モロさんと待ち合わせた銀座の喫茶店で、
となりの席のオヤジが煙草を吸っていて、
モロさんが店員を呼んで、
席を変えてくれと言ったのを覚えている。

まだ分煙なんていう文化が
流行するよりも前の話である。

あの頃モロさんは
ちょっとのタバコの煙さえ
我慢できないくらいに
身体の具合が悪かったんだなあ、
30年も経ってから、
ふとそんなことを思い出した。



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