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田中邦衛さんの思い出

田中邦衛さんがお亡くなりになって、続いて橋田壽賀子さんもお亡くなりになって、昭和の映画やテレビで活躍した人が相次いでお亡くなりになっているが、田中邦衛さんといえば、直接お会いしたことはないが、深い思い出がある。

それはCMの制作会社に勤めていた時のことで、その会社の大きなお得意さんのひとつに大正製薬さんがいた。

僕は「リポビタンD」のチームにいたのだが、他の社員が「大正漢方胃腸薬」のチームにいて、そのチームの担当の代理店は電通で、シュワルツェネッガーの「だいじょうV」の「アリナミンV」とか、所ジョージさんの「効くゼナ」の「ゼナ」とかの、ダジャレCMを連発していた。

ある時、田中邦衛さんの「食べる前に飲む!」という「大正漢方胃腸薬」のCMが業界で評判になったことがあって、ナンシー関が、「あのCMの田中邦衛は何て言ってるのかそもそもわからない」などと書いたりして、制作スタッフは色めき立ったものだが、そのCMの企画会議の時にスタッフが悪ノリしてプレゼンテーションを田中邦衛のものまねでしなければならないというルールが作られた。

それでみんな、似ていなくても田中邦衛のものまねをしていたのだが、中には酷く誇張した悪意のあるものまねもあって、それはいくらなんでも田中邦衛さんに失礼だよなどと言い合っていた。

そんなある日、実際に「大正漢方胃腸薬」のCMの撮影があって、撮影の時には人手が要るから、うちの会社の若手の社員なども現場に動員された。CMの撮影は準備に時間がかかり、1カット撮るのに、カメラのアングルとか照明の位置修正などで2~3時間くらいかかる。

なので出演者のタレントさんにはその間控室で待ってもらっていて、撮影のスタンバイができた時に制作進行が呼びに行って、本番の撮影が行われるのだ。

田中邦衛さんの撮影の時にも、撮影開始の2時間くらい前から、スタッフが準備に取り掛かっていたのだが、スタンドインといって、田中邦衛さんと背格好が似ているスタッフが、ステージに立って、照明の当てる位置を調整したりする役をうちの若手社員がやっていた。

まわりの電通のクリエイティブディレクターや、うちの会社のプロデューサーなんかは、企画会議のままのノリで、田中邦衛さんの似てないものまねをしながら作業を進めていたのだが、そこに突然田中邦衛さんが、予定よりも早くスタジオに入られたのだ。

一同緊張してシーンとなったのだが、田中邦衛さんは舞台の真ん中で照明を浴びているうちの会社の若手社員のところにツカツカと歩み寄ってきて、「お前、俺のスタンドインしてるのか?」と聞いたのである。「はあ・・・・」と若手社員が絶句していると、「お前、口とがらせてないじゃないか?」と、自分のものまねをしていないと指摘したのだ。

もしかしたら田中邦衛さんは少し前からスタジオの隅にいて、スタジオ内のほぼ全員が、下手な田中邦衛のものまねをしている様子を見ていたのだろうかと、スタジオの全員が凍りついた。

絶句して黙ってしまっているうちの若手社員に田中邦衛さんは「ははは、冗談だよ」と誰よりも似ている田中邦衛のものまねで言って、控室に入って行かれたそうだ。もう30年くらい前のことである。

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