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僕と井上陽水

かつて北九州の若松の競艇場で仕事をしていて、
競艇場に通うために芦屋町にマンションを借りていた。


芦屋町のマンションに滞在している時、
朝早く目が覚めて時間に余裕がある時や、
仕事が終わって福岡に帰る日の昼などに、
近くの海岸沿いの遊歩道や、
砂浜を散歩することがある。

その時に、なんとなく頭の中を流れる、
音楽の断片というか、歌のほんの一部があった。
口ずさむというのとは違って、
なんとなくイントロのギターのイメージとか、
伴奏の打楽器の感じとかが、
頭の中にフワッと浮かんでは消えていたのだが、
思い出せなくてイライラするというよりは、
心地よい思い出の印象のように感じていた。

夏休みに、ふと気づいたら縁側で昼寝していて、
風鈴がかすかに鳴っていて、喉が渇いていて、
麦茶を入れた大きなヤカンが、
台所で水に漬けてあって、そのヤカンから直接、
ぬるい麦茶をゴクゴク飲んだ?
いや、僕にはそんな
「田舎のおじいちゃんの家」なんかない。
何かの映画で見た映像なのだろうか、
そんなイメージが浮かんだり消えたりしていた。

何回も散歩するうちに、
だんだんその歌の歌詞の断片なども思い出し、
それが井上陽水の「8月の休暇」という歌であることがわかった。

ネットで調べてみたら、1978年発売のシングル、
「ミス・コンテスト」のB面の曲で、
1980年発売のアルバム「EVERY NIGHT」にも
収録されていた曲であった。僕はかつて、
この「EVERY NIGHT」というアルバムを持っていた。

陽水は人気絶頂の1977年に大麻所持で逮捕され、
その後しばらく人気が低迷、「ミス・コンテスト」は、
逮捕された時に獄中で作られた曲と言われているらしい。

「EVERY NIGHT」が発売された1980年といえば、
僕は14歳、中学二年くらいだったはずだ。
その頃は歌番組全盛期で、中学生はほとんど全員、
久米宏と黒柳徹子司会の「ザ・ベストテン」を見ていた。

ところがその番組の今週のベストテンに、
ランキングされているにもかかわらず、
番組に出演しない歌手というのがいた。

それは、松山千春、アリス、
チューリップなどだったのだが、
当時の中学生にとってはテレビが情報の全てだったので、
なぜ出演する歌手としない歌手がいるかがわからなかった。

今ではそれも戦略のひとつとわかるが、
当時はテレビに出演しないということが、
なんとなくカッコイイことのように思われ、
吉田拓郎を筆頭とした、
テレビに出演しないグループに興味を持った。

陽水はそのグループの一人だったが、
なぜ僕が特に陽水を好きになったかは覚えていない。
多分FM福岡の番組に陽水がゲスト出演していて、
その時の陽水のひねくれた受け答えに、
共感を持ったのだと思うのだが、
とにかく僕は、その時点ですでに
「伝説の巨人」の領域にいた陽水のアルバムを
過去に遡って買って聞くようになったのだ。

当時の中学生や高校生の音楽の入手方法は、
レンタル屋でアナログレコードを借りて、
カセットテープに録音するというやり方だったのだが、
レンタル屋には陽水の過去のレコードなど置いてなくて、
陽水の過去の楽曲を聞きたかったら、
FMラジオで特集されているのを運良く録音するか、
自分でレコードを買うかしかなかった。

その頃レンタル屋で容易に入手できて、
同級生に人気のある音楽は、
YMOとかサザンオールスターズとか、
山下達郎とか大瀧詠一とか松任谷由実とかで、
そんな中で井上陽水が好きと言うのは、
ちょっと勇気が要った。

しかもうちの母親はプロテスタントで、
節約を美徳と信じて疑わなかったので、
子供にもあまりおこずかいをくれず、
あの状況でよく一枚3000円くらいする、
アルバムなんか買えたなと感心する。

とにかく、僕は当時、
デビューから11枚目までの、
陽水のアルバムを全て持っていた。
そして「EVERY NIGHT」は8枚目のアルバムで、
僕はこの「EVERY NIGHT」が一番好きだった。

なぜ好きだったんだろう。
収録曲も
1. サナカンダ
2. クレイジーラブ
3. 世間人でGO―
4. Winter Wind
5. 8月の休暇
6. EVERY NIGHT
7. 答えはUNDERSTAND
8. I yai yai
9. プールに泳ぐサーモン
10. 空はブルーエンジェル
と、マイナーな曲ばかりだ。

「8月の休暇」は「EVERY NIGHT」のA面の最後の曲。
アナログレコードは、気に入った曲だけを、
飛ばして聞くということができないので、
一度針を落としたら、
その面が終わるまで拝聴しなければならない。
僕は「サナカンダ」と「クレイジーラブ」が
好きだったので、その2曲を聞くために針を落とし、
おそらく毎回「8月の休暇」も、
聞くともなく聞いていたのだろう。
そして「8月の休暇」は一度僕の記憶の奥底に埋没し、
約30年の時を経て、また記憶の表層に浮かび上がって来た。

海女さんのように僕の潜在意識の奥の奥まで潜って、
何かを拾ってきてくれたのだろうか。

「8月の休暇」
8月は海の上 穏やかな波の上
楽しい事を泳いで さみしい事を休んだ
夕暮れになる頃は 人影も消えはじめ
夕凪に波が眠った お魚はみんな帰った
8月の夜は友達にサヨナラ
恋人もみんなサヨナラ

ゆるやかなメロディーが ラジオから流れ出す
悲しい恋の歌かな 優しい人の声かな
8月の夜は面影がユラユラ
夢うつつ月もユラユラ

三日月の浜辺から 灯台の岬まで
自分にできるだけ歩いた 8月の海をながめて

難解な歌詞である。
陽水の歌詞が難解なのは、
ビートルズとボブ・ディランの影響らしい。

こんな歌詞、中学生や高校生に解るわけがない。
でも今なら、なんとなく、
伝えたいニュアンスは解るような気がする。

昨年、高校の同級生の平川くんが、
同じ高校の先輩にあたる、
タモリさん主催のヨットレースの会場に、
同窓会の用事で顔を出した時、
タモリさんと仲がいい陽水が来ていて、
一緒に写真を撮ってもらったらしい。
僕はこの平川くんと、
高校一年の時にバンドをやっていて、
陽水の曲をコピーしたことがある。



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