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ちいさないのちに救われる

最近、絵を描くこと以外に本気でのめりこめる趣味ができた。

ティディベアをつくることだ。

年明けから、就活のこととか学業でうまくいかなかったこととかのストレスで半月ほど病んでいた。一時期常に頭痛に襲われ、食事をしても吐き、寝る前に決まって謎に涙が止まらなくなり眠れなくなって4時ぐらいに気絶するように寝る。当然昼夜逆転する。というような荒れた生活を送っていた。

吐きまくったせいで、何を食べても吐瀉物がお腹の中に残っているような感覚を覚えた時は、「体が何かを強烈に拒んでいるんだな?」と薄寒い思いをした。

そんな、眠れない午前3時、カメラロールの整理をしていたら小学生のときに作ったティディベアが残っているのに気がついた。

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今思うと、よくこんな組み合わせを思いついたなと思う。

目の素材はビーズではなく、天然石を使うのは外せないこだわりだった。

いつ作ったっけ?

津波の映像が延々と流れるテレビを横目にちくちく縫ってた記憶があった。

当時小学生だった私も、自分の力でどうにもできないことに直面したときには自分の持っているものに向き合って何かを生み出せば精神の安寧が保てる。ということを知っていたのだろうか?

どうしようもない虚無を鎮めるための、祈りのような行動だったとも想像できた。


自分の力でどうにもならない虚無。


「もしかして、今の私この子みたいな生き物作れるかも…?」

寝込んでいてもベッドの上でできる趣味が欲しかった。

私は行動が早い。

すぐに、ネットで型紙をダウンロードしてから印刷し、まとまった生地が残っていないか探すことにした。

そして、良さげな配色の生地を地道に縫いあわせていくと、この子ができた。

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小学生の時に着ていて、柄が気に入っていて捨てられなかったブラウスと

半端に残っている端切れを使った子。

「案外できるじゃん」

出来上がった生き物を両手に載せて眺めて、自分にはものを作るだけの人間らしさが残っている。とちょっぴり元気になった。

そして、二匹め、三匹目…とティディベアは増えていった。

吐き気が残っている時も、なんとなく鬱々とした気持ちになっている時も愛くるしい瞳はいつでも私の顔を覗き込んでくる。

「こんなに可愛い生命体を生み出しているのに、なんで私はこんなに病んでいるんだろう…?」

そう思うと、今まで体調を崩すほど病んでいたことがとてもちっぽけなことのように思えた。

不思議な話である。

弱りきった蛍のようにいのちの火が消えかかっていたのに、新たにちいさいいのちを生み出すようになってから少しづ〜つ、元気を取り戻していっている。

生み出す。という過程や、それが終わったあとも自分が生み出したいのちの持つ、つぶらな瞳にに背中を押してもらってるような…そんな気がする。

ちいさないのちに救われて、今わたしはこの文章を書いている。


作ったティディベアを載せているインスタはこちら。↓

暇な時にでも見てやってください

https://www.instagram.com/dayflower_bear/



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