失われたカッパを求めて 2
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特定社会性生物幇助罪
兵器、資金もしくは食糧を供給し、またはその他の行為により、特定社会性生物を幇助した者は、7年以下の禁錮に処する。
暴動に至る前に自首したときは、その刑を免除する。
実行着手後の自首は刑法42条1項(刑の任意的免除)によるのは予備・陰謀の場合と同様である。
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まさかモツゴマルの息子のいう金策のアテにほだされたわけではない。そうすれば大人の気をひけるに違いないという子どもらしい策略にすぎぬ。それでもモツゴマルの息子の言を容れたのは、なんということはない、もうその他にすることもないからだ。
そうと決まれば私はモツゴマルの息子の身体を自分の身体で隠すようにして、その背を押して家に迎え入れた。念のため通りを見渡す。さみしい街灯がぽつぽつと等間隔にどこまでもまっすぐにのびていた。人の気配はない。私はわざとらしく少し大きな声で、明日は雨かなあと仰向きに少し間抜けのような声をだした。
まさかカッパを家に入れたなどと他人に知られてはまずいからだ。
ふりかえるとモツゴマルの息子はぺたぺたと足音をたてて玄関をさっさと歩いていた。きょろきょろもせず、応接間の前でそれとなく立ち止まる。
「長旅で疲れただろう。そこの部屋で少し休んでいなさい。おいしい梅ジュースをもってきてあげよう」
私はモツゴマルの息子を応接間に入れて、自分はそのまま台所に向かい、氷を入れた梅ジュースをつくってやった。
はじめはその赤い色の飲み物を警戒していたが、ひとくち飲むと悪くなかったようで、レモンイエローのやわらかいくちばしを上手にうごかしてモツゴマルの息子はすぐにごっくごっくと飲み干してしまった。
「モツゴマルもそのジュースを好きだった」
とくに感慨もなくそうつぶやいた。すでに頭のなかはこれからどうすれば同行者の存在に気づかれることなく、ふるさとの川までたどり着けるかでいっぱいだった。
それにしてもこのカッパ受難の時代によく無事にここまでこれたものである。菓子皿にもられた寒天ゼリーの封を次々に開けてはほうばっていくモツゴマルの息子の姿からは隠密者の気配などみじんも感じ取られない。しかしそういえばモツゴマルもかくれんぼは異常に強かったな。どこに隠れてもたちまち見つけられてしまったし、こっちが鬼になると全く影もかたちも見つけられなかったものだ。
「人間はものを見ていませんから、すぐにわかりますよ」
モツゴマルの息子はすこしうれしそうにいう。
「カッパは風景をみるとき、ちゃあんと風景をみているのです。だからどこに人間が隠れているなんて一目でわかっちゃうんですよ」
「私もちゃんと見ていたつもりなんだがなぁ」
「いいえ。何も見ていませんよ。そんなだから、人間の監視をかいくぐるなんてカブトの蜜もどしなんですから」
そういってモツゴマルの息子は笑う。カブトの蜜もどしという句の意味は不明であるが、まあ赤子の手をひねるとかそういうことなのだろう。
「しかしいくら簡単でも、人間に見つかればただではすむまい」
とついうっかり口にしてしまって、すぐに後悔した。カッパにとって人間に見つかるということの意味はそれほどに明白なものだったからだ。私は人間であることの恥ずかしさを感じながらモツゴマルの息子をいたわりたい気持ちになった。モツゴマルの息子は寒天ゼリーを飲み込んですこし神妙な面持ちをした。
「人間たちのああいう部分の徹底ぶりは僕たちカッパには全く理解できません。文化として理解ができないのです。そのことがカッパの数を大きく減らした原因かもしれません」
モツゴマルの息子はおさないくちばしを痛ましくゆがめた。
「悪意に鈍感なのはバカです。バカは生き物は滅びる運命にあるんですよ」
私は何もいうことができなかった。おそらくカッパはバカなのだろう。そしてバカが滅びるのだとすれば、やがてカッパは滅びることになるはずだ。
果てしない深淵にむかって小さく震える幼い背の甲羅をなでながら、しかし私はその痛ましい姿を直視することができず、本棚に飾ってある古い竹笛に目をやった。
それはモツゴマルが私にくれたものだった。
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