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失われたカッパを求めて 11

「あんなにおいをさせたら、どこにいても、すぐにわかってしまうよ」
耳元でモツゴマルの声が聞こえた。
モツゴマルはものすごい力で私を拘束したまま、ずかずかと一番奥の個室を目指した。
私を個室の前に立たせると、まるでパンでもちぎるように小便器を次々とひっぺがし、入り口のところに投げあげた。ドア、バケツ、デッキブラシ、とにかく手当たり次第、次から次へと積み上げて、ほんの数秒のうちにバリケードが完成した。
迷いのない、迅速な動作は、熟練したゲリラ戦士のようだった。あの動作の精度は何かしらの訓練を受けていたとしか考えられない。今にして思えば、カッパがカッパとして生きるために必要な基本的な技術だったのかもしれない。
ドアがたたかれる音がした。しかしドアは開かず、ガチャンと音を立てて、小便器の山がすこし揺れただけだった。
「bene! (よし!)」
といって、モツゴマルは私の方に近づいてきた。大きな目をさらに大きく見開き、くちばしをカパカパ動かしてうれしそうに笑った。
「けがはないね? 間に合ったようでよかった」
「間に合う? いったいどういうこと? あのカウンセリングの先生は、なんか少し変だ」
混乱状態の私の質問をモツゴマルは遮った。
「説明は後だ。ひとまずここから逃げよう」
「逃げようって、すごい警備だよ」
「警備?」
モツゴマルは笑った。
「あんなもの子どもの鬼ごっこだよ。カブトの蜜もどしってやつだ」
カブトの蜜もどしの意味はわからなかったが、大きな目でこちらをやさしく見つめてくるモツゴマルに私はなぜか安堵していた。
このとき、私の中から、モツゴマルが私に危害を加えようとしているという、今考えてみれば実に奇妙な思い込みは消えさっていた。楽しい思い出だけがよみがえってきて、いったいどうしてあんなにもモツゴマルを恐怖したのか自分でも理解できなかった。
モツゴマルはまっすぐに私の目をみつめた。
「まだもう少しだね。大丈夫。ぜんぶ思い出すから」
私はモツゴマルの目にうつりこんだ自分の姿を見た。

そこに写った私は、くちばしを青く震わせ、頭部の皿を不安げに濁らせていた。
いったいなぜ、モツゴマルは人間である私にこんなにも親切にしてくれるのだろうか?
と、私は考えていた。

「さあ、逃げよう。飛び込むんだ」
そういってモツゴマルは便器を指さした。
「え?」
「早く!」
そのとき、バリケードが破壊され、警備員と先生がなだれ込んできた。応援を呼んだらしく、10人ほどに増えている。
「急げ! 川を目指せ!」
それだけいってモツゴマルは敵にむかって突進していった。
私は便器にむかって頭から飛び込んだ。


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