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菓子男異邦箱由来 2

男はあらい息をはきながら梱包を解いていく。

男は人生におおむね満足していた。
仕事は地味で給料もそんなにないが不満というほどでもない。興味のある分野のことだし、人間関係上の余計なストレスもない。少年期から愛好していたシリーズもののゲームは、過去作品から順番に現代向けにリメイクされていたし、インターネット上のマニアサークルではひょんなことから作品愛を認められて、引退する古参の人からレアなアイテムをゆずってもらえたし、手をのばせば、Cの字型につみあげられた菓子の山もある。
あとは恋人の一人ぐらいいれば大満足なのだが、なかなかそれはむずかしいようだ。
しかし、いろいろ差し引きした結果、男はおおむね満足していた。

「ふぅ……」
どうも体力が落ちてきているらしい。上背があることもあって、学生時代はバスケットボール部に所属していた。あのころはコートを何回往復しても、さらにあと一往復が出来たものだ。いまはダッシュ一本すらままならないだろう。一歩ふみだした途端、体重に耐えきれず膝の十字靱帯が音を立てて断裂するに違いない。
それでもまあ生きていてダッシュすることなどないので、問題はない、といいたいのだが、さすがにちょっとかがんだりするだけで息が荒れるのは問題か。男は自分のおとろえぶりをのんきにプスプスと音を立てて笑った。
男は体力の低下、としか考えていなかったが、じつはそれは老衰でもあった。

「じらすねぇ」
箱をあけると、なかにはグレーの紙をくしゃくしゃにした緩衝剤がはいっていた。男は手早くそれをぬきとって、さっと四つ折りにしてわきにおいた。紙は何枚も入っていた。紙が終わると今度はプチプチに包まれた箱が出てきた。
「じらすやん」
ぷちぷちを留めているテープを指先でピリッと剥がして、きれいに梱包を解いた。プチプチは丁寧にたたんだ。梱包材はまとめてベッドの下の衣装ケースに収納した。後日フィギュアなどを発送するときに必要になる。

「お~、なんてチープ」
男は声を出して笑った。それは異国の菓子であった。パッケージにはポルトガル語?らしい文字がでかでかと書いてあり、そのとなりで子どもが満面の笑みを浮かべていた。
紙箱の口をテープで留めているだけだった。男の指はいちはやく封を切っていた。

「あ!」
男が声をあげた。
箱の中からちいさな虫が這い出してきたように見えたのだ。咄嗟に手をふった。しばらく床を眺めていたが、虫の姿は見えない。パッケージの切れ端が入っていたのかもしれない。
男はとくに気にせず、箱をあけた。
ブルー、パープル、それにピンクといった不思議な色をした塊がぽろぽろと男のぶあつい手のひらにまろびでた。男はそれをあおるようにして口に放り込む。
「チープ」
バリバリと噛みながら男はつぶやいた。
「でも、この甘さは日本のお菓子にはないんだよな」
パッケージを裏返したりして読めない説明書を眺めながら、次々と極彩色の菓子をやっつけていく。
男は幸福そのものだった。

その夜のことである。
男は足の裏のかゆみに目を覚ました。ちいさな虫が何十匹も歩き回っている夢を見た気がした。仰向きになったまま、足の裏をなでてみたが、なにも異変はない。男はそのまま眠った。
その夢は毎夜つづいた。

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