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失われたカッパを求めて 9

「先生」
といったきり私は沈黙した。夜中に起き出そうとしているところを見とがめられたような気がした。しかし考えてみればここは学校でもないのだ。べつに怒られる気遣いはない。私はそう考えて、とりあえずその場をしのごうとした。
「ちょっとトイレに」
すると先生はにっこり笑って「それは一大事だ」といい、「はやく済ませてきてゆっくり休みなさい」と続けた。しかし、開いたドアのまんなかに立って、そこから動こうとしない。わきを通り抜けることもできず、私はあいまいに笑いながら、小刻みに左右に揺れてみせた。
なにか、いやな予感がした。
「まさか友だちを呼んだりはしていないよね?」
「友だち? 呼んでませんよ。こんなところに。友だちもいないし」
知らず識らず早口になっていた。顔が紅潮していくのが自分でもわかった。
「大丈夫かい? 発熱しているのかな?」と先生は私の目を覗きこんだ。うすぐらい廊下から青白く、長い首をにゅっとこちらにのばして、私の秘密をすべて暴こうとしているかに見えた。いや、じつはとっくに秘密などお見通しで、それを自白するかどうかを試しているのかもしれない、という気さえした。
「以前、君ぐらいの年代の子が入院したときにね、友だちをこっそり呼んだんだ」と先生は続けた。それからさっきと逆むきににゅるりと首をもたげていく。先生は非常に背が高く、くらがりの底から見上げると、目元は闇のむこうに溶けてしまい、こちらを見下ろしているのかすら判然としない。
「それで、何したと思う?」
声は先生からというより闇の高いところから降りてきたように感じた。クスクスと笑うような気配がおりてきた。
「君にいうのはまだ早いかな。巒∞昊§ってわかるかい? わからないかな」
私は巒∞昊§というものが何なのかを知らなかった。
「先輩や後輩の女の子や男の子を呼んでね。彼らはちょうどこの病室で巒∞昊§をしたんだよ。ちょうど今年卒業した三年生の女の子」と先生はある生徒の名前をいった。その少女は美しさで学内でも有名な生徒だった。「あの子なんかも参加していたんだよ」
先生はクスクス笑いながらそういう。巒∞昊§というものが何かはわからないが、あの有名な先輩がそれに参加していたというだけで、胸の底がじりじりと痛むような気がした。
むしゃくしゃした。腹立ちまぎれにそこいらのものをつかんで投げつけてやりたかった。しかし先生に怒られるのが怖くて、どうにもできなかった。そのむしゃくしゃは熱い芯となってへそのあたりをくすぐった。
「君の場合は、巒∞昊§をさせてくれる友だちなんていないか」と先生はあきらかな軽蔑をこめていった。「でも悪い友だちを呼んではいけないよ」
「でも、呼んだとしても、カッパのような不潔なもの、病院には入れられないけどね」

トイレにも行かせてくれないまま、先生はおやすみなさいとだけいってドアを閉めた。ベッドにもどって横になったとき、私はおや、とあることに気づいた。
先生はカッパを私の妄想だと片付けていたはずだった。それなのになぜ、彼らの不潔さを懸念する必要があるのだろうか? そして、なぜ私の友人がまずカッパであると考えたのか?

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