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辰野町らっぷすたぁ誕生伝説 6

「勝者……タケナカ定数!」
男がマイクをかかげると、すべてのスポットライトがそこに浴びせられた。前腕のあたりからじんわりと熱がつたわってきて、額がゆっくりと汗ばんでいくのを感じた。その汗はかつて感じていたような冷たい粘つくものではない。熱く、一瞬光を反射して、さらりと流れていく。

シドが路地でのたれ死んだというニュースは翌日には町中を賑わせた。全国放送のテレビ番組でもとりあげられるほどだった。薬物の大量摂取による中毒死。彼らしい死に方だったとはいえ、シーンに与えた影響は大きかった。ラップを愛する心あるものたちは皆、その才能の消失を嘆いた。音楽的才能はもちろん、各地のアーティストとコラボレーションをしたり、地元で大規模な音楽フェスを成功させたりする、プロデューサー的な高い能力も持ち合わせていたシドの死は、たしかに大きな損失だった。
しばらく停滞期が続くかもなあ、と人々は口にこそ出さないにしても、そう予感していた。

しかしその予感はすぐさま裏切られた。
彗星のごとくあらわれた、天才ラッパー「タケナカ定数」の登場によって。

タケナカ定数は即興性とグルーブ感が何よりも要求されるバトルの場面で無類の強さを見せた。年に一度開かれるラップバトルの祭典、HJKキングダムに突如あらわれたこの新星は破竹の勢いで勝ち続け、あっさりと優勝をかっさらった。
一躍ときの人となったタケナカ定数は、今度は矢継ぎ早に音源をYouTubeで発表した。洗練されたトラックとどこかノスタルジックなリリックは人々の心をつかみ、バズり、海外からのコメントもあふれた。

今日も男はバトルに勝ち続けていた。
心臓が自然とトラックにあわせて鼓動した。息を吐けば言葉になり、息を吸えばそれがリズムと化した。語彙があふれ、うねり、そこから音楽が生まれた。

今宵もウィニングラップを披露する男の胸元には、あの夜、シドから奪い取ったゴールドのネックレスが鈍い光を放っていた。

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