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できるだけ仕事は喫茶店でやるべき五つの理由。あるいはネコの飛行。
入った瞬間、はじめてなのに懐かしい感じがした
時間の薄膜が何層にもつみかさなって深い艶をおびた椅子や、テーブル
ビロード生地のカーテンは、その隙間からわずかに光を導き入れつつ、劇場の廃墟の緞帳のように、かぎりなく深い静けさを守っていた
昔からずっと存在は知っていたけど、なんとなく入ったことがなかった喫茶店
なんとなく非現実的な雰囲気さえ感じていた店構え
砂糖壺から、銀のさじ一つまで、何一つ見たことがないのに懐かしかった
私は案内された椅子にこしかけて珈琲を待った
すると、自分が何十年来の常連であるかのような気がしてきて
やってしまおうと思っていた仕事も、パソコンを開く気にすらなれず
そもそも私はもうとっくに引退した身なのだ、と不思議な錯覚さえ抱いていた
それこそ百年も前に、仕事なんてみんなやめてしまったのだ、と
カーテンに区切られた外の景色は、どうやら南頂の瞬間に時間が凍結してしまったようで、あかるく、影が存在しなかった
巨大な幻灯のように見えた
その非現実的な光景のなかを一匹のネコが非現実的な足取りで横切っていく
通勤途中でいつもみる、三毛のみすぼらしいネコだ
しかしこうしてじっくりみてみると、なかなか立派な姿をしていた
異国の王様のような雰囲気さえまとっていて
今度道で遭ったとき、とっさに跪拝してしまわぬか不安になった
ネコは光のかたまりの中心に位置して
ふと立ち止まり、ぐうっとのびをした
胴が三倍ほどにぐーんとのび、いかにも気持ちよさそうである
あ、いけない!
光のトゲにネコのお尻が触れたのだ
ネコはぎゃっといって飛び上がったが
時すでに遅し
ネコのお尻には穴が開いてしまっていて
そこから吹き出すジェットの推進力で
ネコはひゅるるるると飛翔していってしまった
あらあら
と私はそれを眺めていた
ネコはやはりのんきなもので
ひゅるるると飛翔していく自分の姿を
あたたかい道のうえで香箱座りをして、ねむたそうに眺めていた
珈琲の香りが近づいてくる
「お待たせ致しました」
と、誰かが運命のように語る
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