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クレスト スタッフ・リレー⑧オリヴェイラ監督101歳の怪奇譚『アンジェリカの微笑み』by EW
一気に暑くなってきました。マスクがつらいです。この夏いろいろな冷感マスクが売り出されるようですね。冷感ならぬ霊感もひんやりします。実は私、若い頃には霊感があったのか不思議な体験も少なくはなかったのですが、ここ最近は冷感の方が切実な問題です。
こんな枕の後に来るのが、巨匠シリーズ第三弾、ポルトガルの監督マノエル・デ・オリヴェイラの『アンジェリカの微笑み』です。
オリヴェイラ監督が101歳の時に撮り上げた作品ですが、この映画はまさに怪奇譚。若くして死んだ美しき人妻に恋してしまった男の話なのです。
カメラマンのイザクはある資産家の通夜で死人の写真撮影(ポルトガルでは普通らしい)を引きうけることになります。まるで生きているかのようにソファに横たわっていたのはあまりにも美しい若き人妻、アンジェリカ。イザクがカメラを向けると、ファインダー越しに彼女はニッコリと彼に微笑かけてくるのです。腰を抜かしそうになりながらも、なんとか仕事を終えて帰宅するイザクですが、もう彼女の笑顔が頭から離れません。ついには夢の中にアンジェリカが現れ、彼女と一緒に空を浮遊してしまい、夢だか現実だかもわからなくなってしまうのです。その恍惚感ったら!
この世にいないアンジェリカにもう一度会いたい。彼の祈りに近い恋心はついにある事態を呼び起こして、という本作。まさに怪談噺の名人、円朝が生み出した牡丹燈籠、真景累ヶ淵などの世界です。
これをみてゾゾっとするか、うっとりするか、見る人次第といえるかもしれません。
オリヴェイラ監督作品を日本に紹介してきたのはフランス映画社さんとアルシネテランさん。そこにクレストが割り入って配給する機会を得たのもあるご縁がきっかけでした。
ミニシアター系の配給会社は横のつながりも大変自由で配給・宣伝で一緒にお仕事をする機会も多くあります。『家路』『クレーブの奥方』『夜顔』など配給されていたアルシネテランさんからクレストで『アンジェリカの微笑み』を配給しないかというお話を頂いたのです。詳細は書けませんが、ある事情もありました。
(写真:マノエル・ド・オリヴェイラ監督)
かくしてクレストが配給することが決まったそのすぐ後に監督がご逝去。現役最高齢監督の記録を更新し続けていた監督は、ついに2015年4月2日に106歳で天に召されました。106歳は大往生ですが、もうこのまま死は訪れないのではないかと思っていただけにショックでした。というか、もうこの世のものではないのかもなどと半分本気、半分冗談で思っておりました。。。
そして、その年10月に休暇でヨーロッパ旅行をする予定だった私は、オリヴェイラの出生地であるポルトを訪れることにしたのです。
(写真:ドウロ河と葡萄畑)
オリヴェイラ監督は1908年12月11日生まれ。ポルトはポルトガル第二の都市で、ポートワインで知られたドウロ河上流地域は世界遺産に登録されています。監督はドウロ河に大変な愛着があり、デビュー作である『ドウロ河』(1931)もドウロ周辺で生きる人々が活写されているすばらしいドキュメンタリ―映画でした。『アブラハム渓谷』(1993)で登場する渓谷にはワイン畑が広がり、ドウロ河は悠々と流れていました。絶景の中で飲むワイン! そんなツーリスト気分を味わった後、旅のメインイベントはオリヴェイラ監督のお墓参り。
その日、天気は晴。広大な墓地の入り口で手ごろな花を買い、受付でオリヴェイラ監督の墓を尋ねるとすぐに場所を教えてくれました。それは墓地一丁目一番地といえる入り口からすぐ近い場所にあり、墓というよりはもう霊廟です。さすがはオリヴィエラ監督と呑気にその中を覗くとまだ閉じられていない棺が置いてあったのです!
ひゃー、これはもしかしてオリヴェイラ監督のもの?とひるんだその時、一気に黒雲が空を覆い、風がビュービューと吹き荒れ、枯れ葉がくるくると空に舞っていくのです。まるでオカルト映画のワンシーンみたいに。
最初のひゃーの100倍くらいの驚きが私を襲い、あまりにも怖くてすぐに墓地から去ってしまいました。今でも不思議に思いますが、あれは何だったのでしょうか。オリヴェイラ監督からの歓迎の挨拶だったのかもしれませんが、しかしその夜は眠れませんでした。
(写真:オリヴェイラ監督のお墓参りにて)
『アンジェリカの微笑』を配給する私に何らかのサインだったのは間違いないでしょう。
映画は無事に2015年12月12日、Bunkamuraル・シネマにて公開となりました。
怖くて美しい異世界を描いたこの怪奇譚、暑くなってきた今観るにはちょうどいいかと思います。ぜひご堪能下さいませ。