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鬼ごっこ

私は大学生で、教育実習の為に小学校に来ていた。昼休み、仲良くなった男の子と校舎で鬼ごっこをした。男の子が鬼で、私は逃げていた。廊下は走ってはいけないはずだが、誰にも注意されなかった。最初はからかうように手の先が届くギリギリのところで避けてかわしたりして、男の子もきゃっきゃと楽しそうにしていたが、私の方が段々とアドレナリンが出たのか愉快になってきてヒートアップし、全速力に近いスピードで走り出したので男の子は全くついて来れなくなった。階段を曲がる瞬間に後ろを振り返ると、もうなんで〜っ!!と顔を真っ赤にして怒って今にも泣き出しそうな男の子の顔が見えた。それでも私は足を止めることなく走り続けていた。良心が痛むという感覚もなかった。ただひたすらに走りたい欲求に従って頭に昇っていく血の熱さを感じていた。後ろから、もうお姉ちゃんなんか嫌い!!!とキーキー叫ぶ声も聞こえたが無視して振り返ることなく階段を上って廊下を渡って下りてをぐるぐる繰り返しているうちにいつの間にか教室が消え、周りの人も消え、そういえば男の子の存在もその時にはもうなくて、ひたすら上がったり下がったりの無限ループの中で、自分が何階のどこにいて何の為に走ってたのかよく分からなくなってきて気がついたらベッドの上にいた。目線の先には真っ白で無機質な天井があった。ここどこ?保健室?走り続けて倒れたのだろうか。息が上がり脈が速くなっていて呼吸が苦しい。落ち着かせようと目を瞑りゆっくり息を吸って吐いて吸って吐いて…瞼の裏側にはブラックホールが映っていて深淵にある真っ黒な天を見つめているうちに、その渦の中へ吸い込まれていった。

町は廃墟と化していた。政府指導の下、海へ微量の放射性物質が混じった処理水が捨てられることになり、何百年もの月日が経過した。当初危険視されていた放射性物質は規制基準よりも大幅に下回るレベルまで希釈され、どの省庁、専門家もこぞってその安全性を謳っていた。しかし実はその中に認知されていない放射性物質が多量に蓄積されており、海の近くで暮らす者の中には内部被曝者が出てきた。彼らは身体のあらゆるところに紅斑が現れ、髪の毛は抜け落ち、甲状腺の機能低下により痩せこけていた。内部被曝の事例が10件ほど報告された時点で政府は決断を下した。それは、その集落一帯を国から孤立させ、文明を剥奪し、放射能汚染の事実を無かったことにしてしまおうというものであった。まずはその集落との交通網は全て遮断され、ネットワークにはアクセス厳禁となった。漁業は禁止。輸出入も厳しく取り締まられ、基本的に食料や生活必需品については配給制度が実施され、必要に応じて支給されるようになった。住民にはこのような説明がなされた。異常気象や地球温暖化による生態系の崩壊、感染症のパンデミックから見てとれるように地球はもう人類の生命を存続させられなくなってきている。また、世界の主要国が核兵器を保有している今、いつ核戦争が起こってもおかしくない。
専門家会議ではもうあと100年もしないうちに地球は滅びてしまうとの見解も出てきている。そこで人類を太陽系以外の地球に類似した環境の星へ移住させるプロジェクトが密かに進行している。その実験場として君たちの集落が選ばれた。これは大変に名誉なことである。集落の中央にそびえ立つ一番高い山に君たちが住む町を作った。そこに1年以内に全住民移住してもらう。そこでは別の星で暮らした場合のシュミレーションが行われる。危険なことは何もない。そこで15年間、君たちが何不自由なく満足に生活できたならば、このプロジェクトを進行させる。つまり、君たち、そして君たちの集落に国民、ひいては国家の未来がかかっているのだ。そうやって連れてこられた山頂のてっぺんは、まさに天空の城。マチュピチュのようなところだった。標高が高く、雲が足下にあった。そして驚くことに、重箱の角を軸にして断層ごとに左右にカポっとスライドした。まるでハリーポッターのホグワーツ城の気まぐれに動く階段のようだった。そこでの生活は何一つ不自由なく、住民は健康に幸せに暮らした。昼間は畑仕事をし、学校では野菜の育て方や料理の仕方、家の建て方や数の数え方など生活に必要な実践的なことを教えられた。数は記号で表し、絵で伝えることはあっても文字という文字は持たなかった。そして、高山病を防ぐ為、コカの葉を頬につめて生活した。時計も暦もなかった為、そういった暮らしを始めてどれ位経ったか正確に把握しているものは誰一人としていなかった。連れてこられた時子供だった者が大人になり結婚をし子を産み、またその子が大人になって…を何周も何周も繰り返し、そのうちに地上での生活様式、文化、科学、ありとあらゆる文明は忘れ去られてしまった。ただ、地上には鬼が住んでおり、彼らは非常に獰猛で自分の利益を得る為であれば他人を傷つけることも厭わないと代々言い伝えられていた。その名も人喰い鬼。決して地上に降りてはならないと子供たちは大人たちに厳しく躾けられ、誰一人として山を降りようとする者はいなかった。しかし、とうとうそんな平和な日々に終わりがきた。人喰い鬼がこの山に登ってきているというのだ。長老たちが神殿に集まり、会議が行われた。しかし彼らは武器という武器を一つとして持っていなかった。立ち向かう術がなかった。ただ、喰われる位ならば自ら命を絶ちたい。そのような気高いプライドを持っていた。彼らは決心をした。地鳴りがし、人喰い鬼が登ってくる。その雄叫び、奇声が聞こえてきた時、彼らは何やら呪文を唱えた。するとギーーーっとゆっくり重箱が閉じていき、人喰い鬼が山頂に登り着く前には全ての重箱が綺麗に閉じられ、そこにあるのはただの山であった。人々が暮らしていた痕跡は何一つ残されていなかった。人喰い鬼はなんだ、誰もいないじゃないかと肩を落として帰って行った。住民は皆助かった、かのように見えた。しかし実は重箱を閉めること、それ即ち息ができなくなることであった。重箱の中で住民は皆窒息し、息絶えた。真っ暗な箱の中で彼らは手を繋ぎ、苦しみは通り過ぎ、静寂が訪れ、皆がとても温かく満ち足りた気持ちで天空の城での人生に終わりを告げた。

すーっと息を吸った。吐いた。目を開けると、そこにはグレーの天井があった。目覚まし時計がけたたましく鳴っていた。そう、自分の部屋。夢を見ていた。

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