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国立西洋美術館 「自然と人のダイアローグ」に於ける展示実例調査《今更ですが》

はじめに
 国立西洋美術館(以下西美)にて2022/6/4 – 9/11の期間で開催された「自然と人のダイアローグ」を取り上げ、その展示に関する考察を述べる。
 今回取り上げる展示は西美リニューアル記念展として企画されたものであり、館改修の間、計画や施工の自由度が高い状況で長い時間をかけて準備されていたものであると考えられる。したがって本展からは展示に関するレベルの高い実例を調査可能だと考え、取り上げることを計画した。
 
1.展示のコンセプト
 西美リニューアル記念として、ドイツ・エッセンのフォルクヴァング美術館(以下F美)の協力を得て開催されている展示会である。西美とF美はそれぞれ松方幸次郎(1866-1950)とカール・エルンスト・オストハウス(1874-1921)という同時代を生きた2人の個人コレクションを基にして興ったという類似した歴史背景を持った美術館である。
 今回は102点(少作品群は1点として計数)の展示の内、西美所蔵品53点、F美からの借用品34点、寄託・個人所蔵他15点で構成されており、その内容は「印象派とポスト印象派を軸にドイツ・ロマン主義から20世紀絵画までの絵画や素描、版画、写真を通じ、近代における自然に対する感性と芸術表現の展開」を概観できる内容となっている[1]。
 またこれら展示意図や、出品リストは館を訪れなくても展示会ホームページから参照できると共に、展示入り口には展示会開催の背景や、展示意図を説明するためのあいさつパネルがあること、展示リストは展示室入口すぐの場所に日本語(英語併記)・中国語・韓国語の4ヶ国語で用意されているなど、様々な利用者へ展示会を楽しめるための配慮が見られる。
 

シンプルに
4ヶ国語で提供
ココらへんはいつも日英だけかな



2.展示内容を伝えるためのパネルなどの解説
 展示室の前室では、大型ディスプレイによる展示会の説明動画が流れているパートや、音声ガイドの貸出が行われる十分に広い空間が確保されている。また、外庭とつながるガラス壁には自然と人の対話を思わせるような、見る角度によって色が変わり外との関わり方を移ろわせるサイネージが掲載されており、期待を高まらせている。
 展示室に入ると前面一面にタイトル看板が貼り出され展示リストの配布がなされている。入場して最初の壁にはあいさつパネルによる概説があり、観覧者に展示会の始まりを思わせる。
 本展では「1空を流れる時間」「2<彼方>への旅」「3光の建築」「4天と地の間、循環する時間」の4部に分かれているパートごとに部屋が別れ、それらの導入部分に大型のパート解説パネルが掲載されており、観覧者に当該パートの着眼点を知らせているが、展示作品についての個別解説パネルは殆どなく、作品タイトルや製作年、製作者名などのキャプションパネルがあるのみである。解説パネルの文字サイズは少し離れたところからでも読み取れるサイズであるが、キャプションパネルの文字サイズは小さいため、パネル前面から直視しないと読むことは不可能であった。
 この様な解説パネルであることから考察すると、本展では文字や知識から作品について考察を巡らせる様な知的好奇心を刺激するよりも、作品同士を対比させることで観覧者にこれらの関係性を想像させることで、さらなる興味を引き出そうとする意図が見える。ただし、情報を必要とする人に向けては音声ガイドが貸し出されており、すべての作品ではないが重要な情報を得ることが可能である。
 
3.展示のデザイン
 展示が4部で構成されていることにともなって、これらパートはそれぞれに部屋の明るさを変えている。導入の1部から段々と暗くなっていき2部で最も暗くなる。その後3部でまた明るさを増していき、終わりの4部では光量と天井高が最大になり、出口へと導かれる。また、照明は色・光度から考えると全てLED照明であると思われ、投光方法もすべてスポットライトによるものであった。1部から3部までは真昼の白さで統一されている。そして4部に入るとオレンジ色のLED照明が追加され、15時位の温かい雰囲気のなかで展示が終わる構成となっている。この様に光量と照明色を段階的に変化させることによって、入場では観覧者の目を慣らし、その後テーマに合うように光量を調整し、最後には照明色・光度ともに展示室の外へ繋げられるような照明計画がなされていた。
 また、動線に関してはホワイトキューブ内に特設パーティションを配置することで強制プランの形成と展示壁面の増大を両立するような構造になっていたり、一見オープンプランに見えて中央付近にベンチを配置することで放射プランと強制プランの中間のような自然な動線確保がなされていたり、という工夫がなされることによって資料同士が少し向き合うような展示を効果的に作り出している。
 クロード・モネ《舟遊び》(1887)とゲルハルト・リヒター《雲》(1970)のように作品同士が繋がりを持っていることを想像させるような展示や、対比させたい作品同士を有彩色の展示パネル上に集めることで対比を強調する展示や、フィンセント・ファン・ゴッホ《刈り入れ》(1889)など目玉となる作品を目立たせるために結界部を含めた専用の展示パネルを用いた展示など、現代的なホワイトキューブの白い壁にただ吊るすだけの展示とは異なり、19世紀まで行われていた自由な展示の雰囲気を感じるものであると共に、観覧者への理解の助けとなる展示が行われていた。
 照明装置もスポット照明だけで構成され、スポットの短所である光度ムラを積極席に利用することで、作品に表情や彩りを加えている。また通路上の鑑賞に適した立ち位置をスポット照明することで、観覧者に最適な立ち位置を示すことや暗がりでの歩行を助けることを両立するなどの工夫が見られた。

カラーボードのグルーピングが好きだった
ここからの
まさかのまさかの2枚だけのための特設パーティションです

4.利用者への配慮
 先述した様に、通路照明の配置によって鑑賞位置を提示することや、その照明によって暗がりでの歩行を助けるなどの工夫がなされており、観覧者の気づかぬうちに快適に展示会を楽しめるように配慮がなされている。また特設のパーティションと展示室内のソファーなどの什器の配置を工夫することによって、動線の整理と快適な作品鑑賞が可能な空間となっており、観覧者同士の無駄な干渉を起こすことがない。安全面に関しても、隣り合う展示室の一部をカーテンによって隔てることで、火災や災害時に2方向避難できるように工夫されていることも確認できた。

スツールがいい仕事をしている

5.改善点
 展示全体の計画は様々な配慮が行き届いたものであったが、作品への説明パネルが殆どないことや、どのような観点で作品を対比鑑賞すればよいのかなどの文字情報が不足しているように感じた。例えばポール・セザンヌ(1839-1906)の古典的キュビズムから影響を受けその後に発生しゆくキュビズムやフォーヴィズムや抽象などの絵画作品が並べられている展示部があったが、それらの展示は知識を持たない人々からみると、どこが対比可能なのか判断がつかない。この様な問題を解決しようとしてか、図録には詳細な解説文が掲載されているものの、図録を入手してまで知識を深めようという人ばかりでないことを考慮すると、もう少し展示室内での文字情報を充実することも必要だと考える。ただし解説パネルを増やすと展示のバランスを崩す恐れがあるため、QRコードなどITCを用いた情報保提供を提案したい。

おわりに
 今回の調査を経て、展示室全体の動線や作品に彩りを加えるような照明計画や特設のパーティションなど、特別展ならではの強い拘りを感じさせる実例を確認することができた。また、区画計画の中には様々な利用者への配慮が確認できた。それらの配慮は決して一般の観覧者に気づかれることがない程さりげないものだが、安全で快適な展示会の運営には欠かせないものであり、これら全てを学芸員は監修する必要があることを実体験として学ぶことが出来た。


[1]: 国立西洋美術館公式HP「展示会チラシ」 
https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/pdf/2022nature.pdf

参考文献(全て2022/6/22時点)
・全国大学博物館学講座協議会西日本部会編『新時代の博物館学』、芙蓉書房出版、2012年
・自然と人のダイアローグ展「特設サイト」
https://nature2022.jp/
・国立西洋美術館公式HP「出品リスト」 
https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/pdf/nature_list.pdf
・Museum Folkwang公式HP 
https://www.museum-folkwang.de/en

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