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セラピストが通過する、おごり

ふと、記憶が出てきたので
ここに記載しようと

過去、私はとある
クライアントとの出会いによって
その方をなんとかしたくて
様々な学びに投資してきました

これは、後になって
冷静に自分と向き合った時に
反省するところが満載です

こうして時々、思い出しますが
いまだに私の中では大きな責任を感じて
いるんだなと、

何も力になれなかったこと

そして、その人の
境界線も超えていったのだと思うこと

その人の自然治癒に信頼していなかったこと

きっと、私以上にその方は
傷ついているのではないかとおもいながら

そのことについて
何もできずにいた、様々な感覚が
身体に残像が残っている…

それ以上に
こちらからいくこともできない
話すことも近づくこともできない

つまりは信頼関係が無くなったこと
受け入れています

あまりにも入りすぎていたのだと

反省という言葉では
語りつくせない、なんという感覚なのだろう

最初は自分の中の言い訳が
頭をよぎったり、ずるい自分も出てきます

時々、起業を目指す人も
私のセッションや講座を受講するのだけど

起業する前から、
こんなことがあったら、あんなことがあったら、と
恐怖だと言います、、
やりたいのに、やれない

アクセルとブレーキが同時に踏み込む

そのことについてですが

予想だにできない出来事は
起こることもあります

でも、実際には何もできないのです

ただ
それらを受け入れるだけ、

それでいいと思っています

人生、走りながら経験するのだと

あの時の私はあれで、、良かったとは思わないけど

ほかの誰かはどんなふうに感じるかより
あの時のわたしのベストだったのだと

もちろん、その方の幸せを願います。

しっかりと、またかみしめてみたいと思います
木の年輪のように、、抵抗せず刻んで、それも私だったと

生きているといろいろなことがあります
それが仕事であろうとなかろうと、

そんな時に、自分をそのまま
受け入れてください


ほかの人に正論で責められても、
わたしが間違いであったとしても
自分だけは自分を受け入れていく

わたしたちは体験しに来ているのです。
この世界で

沢山の感情を愛でていこう








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