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絵画の魔力について-「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」を観て

 映画「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」を観た。原題は「The Savio For Sale(救世主売ります)」。絵画オークション史上最高額4億5030万ドル(約510億円)で落札されたレオナルド・ダ・ヴィンチ作とされる「サルバトール・ムンディ(ラテン語で『世界の救世主』)」をめぐる騒動と謎を追ったドキュメンタリーだ。

 2005年にニューヨークの美術商がわずか1175ドル(約13万円)で入手したこの絵は、数奇な運命をたどり、12年後に38万倍の値段がつくことになる。美術商、博物館のキュレーター、美術史家、ジャーナリストあるいはサザビーズやクリスティーズの経営層はては王族・・・関わった当事者に取材し、物語は国家間の衝突にまで発展する驚くような結末を迎える。そして、当の絵画は忽然と人々の前から姿を消す。

 この映画は、まず「アート・マーケットの闇」を描いている。史上最高額に達するまでに、そこに絡む数多くのヤバイ人たち。その謎を追うジャーナリストは「俺、ひょっとして身が危ないのかな?」とひきつった笑顔を見せる。

 この映画は「文化」を描いている。映画の前半は、この絵の入手を望むロシアの新興財閥(というかマフィア)とサザビーズの間を仲介するスイス人の美術商を描く。交渉の結果、8300万ドルで購入する一方、ロシア人には1億2750万ドルと伝え、差額はポケットに。ロシア人は「詐欺だ」と激怒し、美術商は「商慣習だ」とうそぶく。あるいは、この絵画の真偽(描いたのはダ・ヴィンチ本人か彼の工房か)を巡るイギリスとフランスの文化をかけたプライドのぶつかり合い。そして、経済国家から文化国家への変貌のシンボルとして絵画を利用しようとする新興国・・。

 この映画は「経済と欲望」を描いている。オークションの歴史を紐解くと、その語源はラテン語で増加を意味するauctioとされ、始まりは紀元前500年のバビロニアで開催された妻を得るための競り(せり)だったらしい。16世紀にはイギリスで事業化され、現在はこの映画にも登場するクリスティ社とサザビーズ社によって大規模なビジネスにまで発展。インターネットの普及によってイーベイが誕生し、市場は急速な成長を見せる。
 オークションの歴史は、正に「欲望という名の経済」の歴史なのだ。映画のパンフレットに掲載されている絵画高額取引ランキングのベスト15は、すべて2013年以降のものだ。グローバル化、インターネットの普及あるいは新興国の進出によって、正に指数関数的に値段は膨れ上がり続けて来た。まるでコロナが世界中に一気に拡散したように。

 この映画は「人間の心理」を描いている。値段の根拠は絵画そのものの素晴らしさではない。誰が描いたのか、誰(どのような権威)がそれを証明するのか、だ。
 「認知的不協和」という心理学用語がある。人が自分の認知とは別の認知を抱えた状態や不安・不快感を指す。例えば、自分が購入した商品が間違いのない選択だったのか・・という状態。広告は、それを解消する効用があるとされる。その背後には、果たして自分の意思決定が正しかったのか、という「不安」がある。値段が大きいほど、それに比例した根拠を欲しがる人間の本性をこの映画は描き、わが身に置き換えてしまう。

 そして、この映画は人を狂わせる「絵画という魔力」を描いている。絵画は、かつては美に魅了された王族によって人目につくことなく独占されて来たが、市民国家の誕生によって美術館が生まれ大衆に解放された。しかしいま、それは新自由主義という新たな支配構造によって再び独占され、闇に包まれて行くのではないか。そのような未来を感じてしまう。権威は美を欲し、それを巡って血みどろの闘争が生まれる。歴史を繰り返させる魔力を、絵画やアートは秘めている。

#ダ・ヴィンチは誰に微笑む #アートマーケット #レオナルド・ダ・ヴィンチ  

 
 
 


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