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私たちの中に「音楽」は在る-「坂本龍一トリビュート展」を鑑賞して-

「坂本龍一トリビュート展」を鑑賞した。会場となったNTTインターコミュニケーションセンター(ICC)はメディア、テクノロジーとアートの融合を牽引して来たパイオニア的な存在。90年代のインターネット黎明期より作品へのメディア・テクノロジーの導入やメディア・アーティストとのコラボレーションを積極的に行って来た坂本の活動を回顧するにふさわしい場と言える。

本展覧会では、メディア・アートのトップランナーであるライゾマティクスのリーダー真鍋大度を共同キュレーターとして迎えて企画・構成されており、メディア・アート分野だけではなく多彩な領域や国のアーティストと坂本との間にどのような化学反応が生まれたのかを体感することができる。

真鍋とのコラボレーション作品「センシング・ストリームズ2023-不可視、不可聴」は設置されたダイヤルを回すと発信された電磁波が波紋や模様となってスクリーンに現れる。

《センシング・ストリームズ 2023-不可視,不可聴》

可視化、可聴化されることで、私たちの日常に存在するが知覚できない電磁波をアート作品として認識することができる。

同じく真鍋+ライゾマティクス+カイル・マクドナルドとのコラボレーション作品「Generative MTV」では、設置されたタブレットにテキストを入力するとAI技術によってそれが風景としてピアノを演奏する坂本の背景に現れる。観る者は、都市へ大自然へ宇宙空間へ、あるいは未来へ自由に浮遊する坂本のライブに参加している気分になる。

《Generative MV》

マルチメディア・アーティスト集団「ダムタイプ」とのコラボレーション作品「Playback2022」は、世界各地のフィールド・レコーディング音源がデータ化され、それぞれの都市を中心とした地図が透明な盤に浮き上がる。国や都市間に序列はなく、それぞれに根付いた生活が音楽のように息づいていることを感じさせてくれる。

《Playback 2022》

本展覧会では、一見テクノロジーとは対極にあるような「モノ」もキーワードになっている。

「Piano 20110311」は、東日本大震災の津波で被災した高校のピアノをスキャン手法で撮影した、ダムタイプのメンバー 高谷史郎による作品。

《Piano 20110311》

坂本は楽器としての機能を失ったこのピアノを「自然によって調律されたピアノ」と捉え直し、高谷と共にインスタレーション作品(IS YOUR TIME)として再生した。会場には、同作品に寄せた坂本のこのような言葉が紹介されている。

もとはモノだったものが,人によって変形され,時間とともに,あるいは巨大な自然の力によってまたモノに還っていく.
都市もそうだ,都市の素材も鉄,ガラス,コンクリートなど,もとはみな自然のモノ.それらを人は惑星各地から集積し,あたかも彫刻のように形を与えていく.しかしそれも時間の経過とともに,モノに還っていく.

私が最も感銘を受けたのは、現代アート「もの派」の巨匠 李禹煥(リ・ウファン)の「祈り」という作品だ。

《祈り》

坂本の最後のアルバム「12」のジャケットのためにドローイング作品を提供している李は、坂本の病気平癒を祈ってクレヨンで円形のドローイングを描き、このような言葉を添えている。

坂本龍一さん
このdrawingは 時計まわりと
反対に描いたものです
従って 見る時も左回りに目を
回しながら見ます
そうすれば力が湧いてきます
時々10分程やってみてください

李禹煥
2022.8.15

「12」は、病を得て「何を作ろうという意識はなく、ただ『音』を浴びたい」という気持ちで「折々に、何とはなしにシンセザイサーやピアノの鍵盤に触れ、日記を書くようにスケッチを録音して」出来上がったアルムバムだ。石や木などの「もの」そのものを提示し、ものと空間と社会との関係性を問い直した李と坂本は、深いところで共鳴し合ったのだということがよくわかる。

会期も間もなく終盤に差し掛かろうとするが、幅広い年代や国から多くの来場者がいて、改めて坂本龍一というアーティストへの関心や影響力の大きさを思い知らされる。なぜ、私たちは坂本龍一にこれほど魅かれるのだろう。
坂本は、音楽とは「物理的な音を感知することだけではなく音楽的な何かが自分の脳の中に喚起されること」だと言っていた(会場内パネルより)。

音符や楽器が、自分の中の「音楽」を可視化・可聴化するための手段だとすれば、その延長線上にその時々の最新のテクノロジーがある。それは坂本にとってごく当たり前のことだったのだろう。同時に、コラボレーションして来た作家たちにとって、坂本龍一という存在そのものが感性や知性を刺激する「メディア・アート」だったのかもしれない。

そして。「一人ひとりの中に“音楽”が在る」のだということを、この展覧会を通じて改めて気づかされている。

#坂本龍一 #坂本龍一トリビュート展 #NTTICC   #メディア・アート

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