BARと言えば聞こえはいいが

バーテンと言えば聞こえはいいが。

私はまだシェイカーも振れないアルバイト。ステアなら出来る。

無口なお爺さんが私が生まれる前に始めたBAR、だけど今となっては場末の酒場だ。無口なお爺さんが唯一気に入った人間である私が、たまに手伝うだけの、吹けば飛ぶような小さな酒場。

お爺さんと会ったのは横浜駅だった。高速エスカレーターというのがあって、洒落たお爺さんが私の目の前でよろけた。危ない、と声に出す間も考える間も無く、私はお爺さんを抱き止めていた。

「いやはや、失敬。」

彼の推理小説みたいなセリフに笑ってしまった。

「お礼にコーヒーでも。」

喉も渇いていたしすぐそこがドトールなので良いかなと思ったら、来た道を戻って馬車道まで行った。

大正浪漫みたいなプリンを頂いた。お爺さんは終始無口だったが時折私を見て微笑んだ。

お爺さんは車の町でBARをやっていると言うので、「私もそこですよ。彼氏が菊名に居るだけ」と答えた。

「たまに手伝ってくれないか。あんたみたいな、笑顔の素敵な人だったら。私は人を雇うのが嫌いなんだが、たまに忙しくて。」

私は、さっき駅で助けたばかりの名前も知らないお爺さんの申し出を受け入れていた。

それから暫く経つが、後悔はしていない。お客様に可愛がられ、楽しい日々を過ごしている。体に沿うラインのシャツを着て、床スレスレのエプロンを着け、ピンヒールで店に立つ自分を、格好良いとさえ思っている。

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