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花言葉

長いこと花屋で働いていた。

ショッピングモールのテナントのひとつで、小さな店だった。

いつもカサブランカを買って行く美しい女性客が居た。領収書を書いて知ったけど、カラオケ喫茶のママだった。彼女はいつも綺麗な服を着て、お化粧を完璧にし、艶やかに微笑んでいた。いつも甘いものと飲み物を差し入れてくれ、他のスタッフも居ると私を「いつもこの子が仲良くしてくれるの」と言ってくれた。

ある日、虹色のバラが入荷した。花言葉は「奇跡」だそう。染めた花に「奇跡」だなんて、私は馬鹿馬鹿しいと思った。作りものの奇跡。そんなの奇跡でも何でもない。

私達は事情があって名札をしていなかったので、私はお客様から「花言葉に詳しい人」と呼ばれていた。そのまま名前にしてしまいたいくらい嬉しかった。

虹色のバラを並べていると、カラオケ喫茶のママが来店した。「珍しい。すっごく素敵ね。」と彼女は言った。「お客様の方が素敵です。」思ってない事は言えない性格だった。でもママはバラは買わなかった。いつものカサブランカだけを買ってくれて、ショッピングモールを回ってくるから取っておいて、と言った。

私はいちばんきれいに咲いている虹色のバラを一輪選抜し、レースで包んだ。レジで800円の会計を自分で済ませた。

ママがカサブランカを取りに来る。待っていたのだ。いつも優しくしてくれるママ。この日もクレープを買ってきてくれた。

キーパーからカサブランカを取り出して、包んでおいた虹色のバラを後ろ手に持った。

「いつもありがとうございます」と言った後、バラを差し出した。「私の気持ちです。」

ママは瞳を潤ませて喜んだ。

虹色のバラも悪くないと思った。

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