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「火男さんの一生」No.48

第三部
「於卒得罪以曖昧、死而被貶謫。无能弁者至今」
 
                48, 
村山は、情報をまとめてみた。幼い子供二人が死んだ交通事故に、上村吉信と清水由美子の二人の悪意ははっきり見えている、そして上村定信の急死は農薬パラチオン剤による中毒死であり、看護婦の話から直前に病室を出た清水由美子の犯行が疑われる。だが、その清水由美子も、同じ農薬で中毒死した。
これら3件の事件事故に絡んだ人物の中で生き残っているのは、上村吉信唯一人。
唯一生き残る吉信に全ての疑惑が集中し、全ては吉信中心に舞台が回っているとしか思えない。
吉信が舞台の主役であるのは疑いようもない。何故、吉信は由美子を殺した、殺さねばならなかったのか。保険金の不払いで二人の間に大きな亀裂が生じ、二人はいがみ合い、修復不可能となって吉信は由美子毒殺を決意した。
吉信には捕まらない自信があった。過去の定信毒殺も、二人の幼い娘を事故を装って殺害したことも、警察からは何一つお咎めは無く、疑いの目さえ向けられなかった。そしてとどのつまり、由美子は吉信の目の前で犯され、由美子への気持ちは一遍に冷え切った。 
二人は顔を合わせば罵り合う程に憎み合うようになった。将来を考えれば、由美子は不要であり、邪魔であり、生かして置けばいつ何を云い出すかしれたものではない、そして遂に吉信は決行した。
上村吉信こそが諸悪の根源であることは愈々明白となる。だが、と村山は、頭を抱え込む。証拠がない、何もない、のだ、有るのは、
吉信を拘束した青木刑事が
「と考えられる」、
「とは考えにくい」、
陳べたその理由のみ…
 
 毎朝、捜査本部で開く定時の会議も、ほぼ発言者もなく、あっても目新しい物も、ましてや目覚めの目を覚ますような材料はなく、ただただ重い空気が、たばこのヤニ煙で濁った空気と混じり合って会議室に充満するだけ、だった。
 
明日には上村吉信の身柄拘留期限が切れ、このままでは無罪放免となる。村山は、歩き疲れて鉛のように重い足を引き摺って会議室の扉を開けた。
黒板の前に教卓のような机、その上に、何やら新聞紙でくしゃくしゃに包んだ物が、二つ三つ載せてある。
青木が、その向こうに新人の吉田が、額に泥と汗に塗れてその机の横に立っている、その服も、靴も、髪の毛も泥土に塗れている。
青木が、新聞紙の包みを解く、一つは女ものの黄緑色の雨靴、これも泥に塗れ、特に靴底はべったりと粘土のような土が付いている。
 そしてもう一つの包みは、牛乳瓶のような角い瓶、口はナイロンで密封してあり、瓶の底に白い液体が、飲み残した牛乳のように白い液が溜まっている。
 いったい、どうした?何だ、これは?
そう目で問いかける村山の顔を見ながら、青木が説明する、
「鹿木島の、先日、遺体を掘り起こしました清水由美子の墓の後ろに狭い空き地があり、そこが猪が掘り起こしたように土が盛り上がっていることに気付いていたのですが、この付近一帯の山で猪出没の話なんか聞いたことがなく、まして離れ島に猪なんかいない筈なのに、と不思議に思っていまして、勝手にですが、どうしてもそのことが頭から離れず、昨夜、吉田君と二人で島に渡り、そこを掘ってみましたんです。
 するとここに在ります、女ものの雨靴一足、この牛乳瓶一本、が埋まっていました。牛乳瓶はこっちのこのナイロン袋に入れて埋まっていたんですが、袋を開けるなり、胃がむかつくような匂いが出て来まして、この匂いは清水由美子が救急に運ばれて来た時、口に付いていました泡と同じ匂いであることに気付き…」
まるで、花咲かじいさんの、ここ掘れわんわん、のような取って付けたような話に、村山はどう反応して良いか当惑しながら聞いていた。
「夜明けを待って、鹿木公男さんを起こし、この靴と、牛乳瓶を見せて何か心当たりないか訊ねましたら、靴は、清水由美子がこの島で住むようになって買って来たものに似ている、牛乳瓶は、誰かが町から買って来たものだろうが、特に覚えはない、邸には誰も牛乳は飲まないので、一本も空き瓶はない筈だ、と答えてくれました。
邸からあの墓地迄少し離れていますが、清水由美子の遺体を埋葬する前後に、誰かあの付近で見たか尋ねると、誰も、と、ただそれがいつだったか記憶がはっきりしないが、墓地の辺りで、夜中、何か、掘るような、小石にショベルが当たるような音が、一、二度聞こえた、ような気がして目が覚めたことがあった、だが、それもどこから聞こえてきていたのか、起きて確めたわけではないので何も分からない、と答えました」
取って付けたような話に、村山は、青木の作為を疑い、その見え透いた下心に腹が立ってきた。
このバカ、いったい、なにを考えてやがるんだ、ふざけやがって、
罵りの言葉を噛み殺して我慢する村山の顔色に気付いたか、青木はいま一つの小さな包みを解き、中から、ナイロン袋を一つ取り出した。
 中に、通常見るものより小さくて細い注射器、しかも数本、先に針の付いたままのものもある、村山は直感した、麻薬、覚醒剤中毒者が常用する注射器だった、そして同時に、口を歪めた男の顔が村山の頭の中にはっきりと思い浮んだ。
「これが、一緒に埋まっていました」
村山の心の動きを読んで脚本練ったような話の展開に、村山はすっかり感動させられた。
「青木、君、すぐそれを鑑識に持って行け、俺からも電話入れとく、その結果をすぐ電話で知らせろ」
村山は吠えた。
 
 

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