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「火男さんの一生」遂に最終回、です。長い間、お付き合い、感謝です。 「火男さん」の、施設入所後の、放火魔振りの実態は、別作で、紹介済みです、 題名、忘れましたが、確か、書いたように思います、何かのご縁、有りましたら、是非そちらもご一読を。

    • 「火男さんの一生」No.62

                  62(終回)  火男さんが、朝、食事の時間に食堂に起きて来ないので担当職員が起こしに行った、いつもならベッドを揺すれば閉じた目をゆっくり開けて、職員の顔を無表情に見つめるのだが、この朝は、布団をめくって耳元で名前を呼んでも、目を覚まさない、頬を抓っても目を開けない、抓られて伸び切った頬の皮膚が、何となく冷たい、揺り動かすと、体はどことなく固い。死人を扱い慣れた職員、慌てもせず、部屋の外に出て、廊下を通って事務所に戻り、 「誰か、あとで、先生に連絡しとい

      • 「火男さんの一生」No.61

                   61,  鹿木は、年配の女子介護職員を掴まえ、古い友人だが、ここに入所している上村吉信君の現状を知りたくて訪ねて来た、しかし上村君の家族には、ここの住所さえ教えて貰えない位面会することを禁じられている。私は、様子だけ見れば充分なので、と云いながら、万札1枚を、職員の手に握らせた、職員は驚いた様子を見せたが、その顔はすぐ笑顔になった。   麓に~と云う喫茶店が在る、そこで会って話すことになった、自分はもう少しで夜勤明けになる、終われば自分の車でそこまで送る

        • 「火男さんの一生」No.60

                       60,  鹿木は、国道の、岬の先端、ヘアピンカーブ、その真下の磯の岩場を歩いていた。見上げれば、国道の、鋭角に曲ったカーブには白いガードレールが取り付けられている。  岩場の合間に汐が寄せ、その波音が心地よい。何度も嵐の大波に洗われて、磯の砂場の何処にも、幼い子供二人を載せて墜落した事故車の破片は欠片も何もない。鹿木は、スカイラインが頭から突っ込み、岩と岩に挟まれたその下辺りを覗いてみたが、ごみや海藻の屑、小さな枯れ枝などが波に浮かぶだけで、あの

        「火男さんの一生」遂に最終回、です。長い間、お付き合い、感謝です。 「火男さん」の、施設入所後の、放火魔振りの実態は、別作で、紹介済みです、 題名、忘れましたが、確か、書いたように思います、何かのご縁、有りましたら、是非そちらもご一読を。

          「火男さんの一生」No.59

                         59, 帰りに所長に礼を云って、駅に向かうタクシー車内で、鹿木は、吉信との面会を振り返る。 吉信が最後に喉を振り絞って何か鹿木に訴えた、それを看守田所は、 「兄さん、迷惑掛けた、よろしく頼む」 と伝えた。だが、鹿木には、吉信がそんなこと云ったとはとても思えない。何を云ったか鹿木には解る筈もなかったが、吉信が、恨みと憎しみを溜めて鹿木を睨み据えるあの眼がそんなことを云う筈がない。看守にははっきりと何と云ったのか聞こえたに違いない、だがその呪いの、罵

          「火男さんの一生」No.59

          「火男さんの一生」No.58

                       58, 「ここが面会室になっております。こちらで暫くお待ちになって下さい」 通された狭い部屋、中央に透明のアクリル板で仕切り、手前に椅子、アクリル板の向こうにも椅子、映画やテレビで見る風景だった。  鹿木は、後悔していた、来るべきではなかったと悔やんでいた。このまま、会わずに帰ろうと、漸く決心して立ち上がりかけた時、アクリル板の向こう側の奥の扉が開いた。開けて入って来たのは先程まで棟内を案内してくれた看守、だった。  続いて誰も入ってこない。吉信は来

          「火男さんの一生」No.58

          「火男さんの一生」No.57

                  57,  鹿木は何日も考えた、他に何も手が付けられないまま、どう対処すべきか考えた。だが何を考えても堂々巡り、いつしか眠れなくなり、一睡もしないで一晩中考えるようになった。  会うべきか、それともこのまま無視するべきか… 会ったとする、なら初めに話をどう切り出すべきか、何から話をすべきか、体の具合を聞けばよいのか、毎日どう過ごしているのか尋ねればよいのか、それどころか吉信がいきなり鹿木に、人殺し、と叫んでくるかも知れない、その時に俺はどんな顔して対応すればよい

          「火男さんの一生」No.57

          「火男さんの一生」No.56

                     56,  あれから、十数年、初めの頃こそ、公判結果、有罪無罪の判決に気を揉んでいた鹿木だったが、懲役刑判決が下されて以後、特にこの数年は、何かの折にふと、当時のことをちらと想い出す程度で、普段は、県会議員として、また定信から受け継いだ事業の一つ製材業も漸く軌道に乗り、扱い品も増えて、今流行りの建材センターにして、十数人の社員を雇い入れ、また個人的には議員事務所に2人の秘書も常駐させる程になっていた。町会議員、そして県議会議員へと、鹿木の立候補は、地元の人

          「火男さんの一生」No.56

          「火男さんの一生」No.55

          第五部 「水筒の水」           55, 「じゃあ、おじさん、行ってきます、次の連休は無理、クラブの合宿、もうすぐ定例演奏会、ちょっと私も、遊んでばかりしてないで頑張らないと」 「いいよ、富子の予定で決めてくれれば。どうせ、要るんだろ、何やかや、と。電話でもしてくれれば、すぐ振り込むよ」  富子は、東京の音大に通う。長い休みには鹿木島の、鹿木の家で殆ど過ごす。時には友達を連れて来て、邸内には泊まらず、磯の浜辺でテントを張ってキャンプする。この夏も、大勢の友たちを招

          「火男さんの一生」No.55

          「火男さんの一生」No.54

                    54,  せやけど、何で?と吉信は考えた、すぐ答えは出た、鹿木は、定信の遺した遺産の総取りを狙うたんや、その為に、定信の娘三人、由美子、それにこの俺、多少でも遺産受取りの権利のある俺ら全員をこの世から消してしまおうと鹿木は仕組んだ。  鹿木の事業の失敗で、定信の遺産は相当目減りしている。しかし、吉信が知らない、古い昔からの、この辺り一帯、山や土地、屋敷など、まだまだ相当に遺っている筈、あの、あんな小さな鹿木島でさえも、誰も手を付けていない筈。そんな大小の島

          「火男さんの一生」No.54

          「火男さんの一生」No.53

                       53,  ふと、吉信の脳裏に、青木がアホの一つ覚えに何度も繰り返した台詞が思い出された、 「鼻を抓まれても誰か判らないあの真っ暗闇の中で…」 この言葉が、実際、あの真っ暗闇の中で、しかも横に吉信が寝ている部屋で、誰にも気付かれずあの部屋に侵入し、寝ている由美子の口に、農薬を入れることが出来る者が一人、確実に居ることを示唆している。  あの夜、そうや、俺は酒を飲んだ。普段は先ず飲まない。訳が有る、子供の頃、軽いてんかん症状が出て、その時医者に云われ

          「火男さんの一生」No.53

          「火男さんの一生」No.52

                        52,  病室の天井を見上げたまま、頬の筋肉、寸分も動かせない吉信、しかし頭は醒える、そして一つ一つ、吉信の頭の中に浮かんで見えるものがある、  雨靴?あの草色の、女ものの雨靴、青木はこの雨靴にお前の指紋がべったりと付いていた、と嬉しそうに云った。あの雨靴は、由美子が鹿木島に住み始めて、畑仕事の真似事でもして、花の一本でも植えたい、と云って買って来たもの、だった。酒と金と男にしか興味の無い由美子が初めて見せた、女らしい一面、それを聞いて吉信は鼻で笑

          「火男さんの一生」No.52

          「火男さんの一生」No.51

                     51,  上村吉信はしぶとく生き残っていた。だが体は板に貼り付けられたように、腕も脚も、指先さえも木に括りつけられたように、曲げることも延ばすことも成らず、また顔は引き攣って突っ張ったように、瞬きすら出来ず、看護婦が差し出すスプーンの汁を口に流し入れて貰っても、飲み込むことも出来ず、その殆どが口から溢れ出た。  だが、上村吉信の意識は醒めていた。廊下を歩くスリッパの擦れる音も、看護婦らの欠伸も丸々聞こえていた。  事実、吉信は由美子を殺していなかった。由

          「火男さんの一生」No.51

          「火男さんの一生」No.50

                      50, 上村吉信は強情に否定し続ける。その上村吉信の顔が日に日に腫れぼったくなっていく。村山は、青木が毎夜、上村吉信を地下の留置場から連れ出し、夜明け近くまで、執拗に取り調べていることを承知していた。 上村の顔を見る限り、顔に痣や殴られて唇が切れたり、内出血の痕は観られない。だが机を挟んで対面する時、上村はほぼ意識朦朧とし、沈黙がほんの数十秒も続けば、座ったまま眠りに落ち、横に居る青木に耳元で怒やしつけられ、椅子を蹴とばされて漸く、目を開ける。 青木は

          「火男さんの一生」No.50

          「火男さんの一生」No.49

                      49、  夕方になって、苛々と待ちかねた、鑑識課の野田から電話が入った。 「数本の注射器に、僅かずつ溶液が残留していて、それを集めて鑑定した結果、ヒロポンを溶かしたものだと判りました。注射器全てから指紋が検出されて全て同じ人物の指紋、かつ雨靴、牛乳瓶からも、注射器に付着していたものと同じ指紋が検出されて、青木君が持ってきていた大阪府警の資料と照合して、上村吉信のものと完全に一致。  牛乳瓶に残っていた白い液は、有機リン酸パラチオン、それに雨靴の靴底

          「火男さんの一生」No.49

          「火男さんの一生」No.48

          第三部 「於卒得罪以曖昧、死而被貶謫。无能弁者至今」                 48,  村山は、情報をまとめてみた。幼い子供二人が死んだ交通事故に、上村吉信と清水由美子の二人の悪意ははっきり見えている、そして上村定信の急死は農薬パラチオン剤による中毒死であり、看護婦の話から直前に病室を出た清水由美子の犯行が疑われる。だが、その清水由美子も、同じ農薬で中毒死した。 これら3件の事件事故に絡んだ人物の中で生き残っているのは、上村吉信唯一人。 唯一生き残る吉信に全ての疑

          「火男さんの一生」No.48