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「トッレートレトレトッレー」No.7

             7,
 ~月~日~時24分、大阪市内某神社境内、大層立派な本殿横の、小さな他銘柄神社祠が一列に並ぶ、その内の一つ、それだけ見るからに、縁起が悪いと見放され、掃除もされずに何十年も経ったごとくに、古びて塗装が剥げてみすぼらしい小さな祠、その前に、おもちゃのような、柱も腐って折れそうな鳥居。
「AI(愛)神社 社祠」
と下手な字で書いた“卒塔婆”を横壁に立て掛けた祠の前に、以前「ワレ」のプッシが渡した、同じ下手な字で書いた地図を手に、ようやく捜し当てて安堵する老夫婦が立っていた。皆友夫婦だった。
  祠の庇に、猫の首に付けるような小っちゃな鈴を見つけ、垂れ下がった雑巾の端切れみたいな赤い紐を揺すって、皆友が、これでええんかいな、みたいな不安そうな顔をして、プッシに云われた通りに従って、1回、2回、3回と鈴を鳴らし、最後の4回目、赤い紐を揺らそうとした時に、履いて来た下駄の歯が切れて皆友はつんのめり、鈴は乱打して鳴ってしまった。
「何んしてんね、あんた、このどアホ、この間抜け、この役立たず、このど甲斐性無し」
「何でそこまで云われなあかんのや、全部当たってるだけに腹立つわ」
その鈴の乱打の音に紛れるように、老夫婦の真後ろに、いつの間にか宮司ふうの男二人が立っていた。異様に驚く二人に、
「怖がるでない。ワイは、ちゃうわ、「AI」神教祖プッシ様にお仕えする、オッシ、こちらはコッシ、これからそなたら二人を我らが教祖プッシ様のところに案内致す」
「怖がってえしまへん。それどころか、あんたら二人の恰好見て笑うてしまいそうやね。失礼やけど、あんたがたお二人、上は確かに宮司みたいな衣装着てはりますけど、腰から下、褌姿、してますねんで」
「ぐわ、ほんまや、岩牢でいつもこれで過ごしてるもんやから、つい癖になってしもて。コッシよ、ワイの前に立って、尻をくっつけよ、このままカニのように歩けば、人目に付かず恥ずかしくなくなる」
「アホか、よけい恥ずかしいわ」
 
  下半身褌姿のオッシ、コッシは、夫婦を従え、拝殿から本殿に廻り、他に関係者誰も居ないのを確め乍ら、本殿の扉を、音立てぬようゆるりと開けた。
中へと、夫婦を案内すると、奥の祭壇に、お花坊が吹き鳴らす笙の音に合わせて厳かにプッシが登壇した。そして夫婦の後ろで手持ち無沙汰の二人を、寄ってくる蠅、蠅、蚊、蚊、蚊でも追うように手に持つ、しゃもじのような棒を振って、出て行け、と合図した。
  外に出た二人、ぶつくさと文句を垂れる、
「何で、あのおっさんに、あない偉そうにされん、ならんね、なあ」
「ほんま、やで、一遍、いてこましたろや」
この二人の姿を、当神社、ほんものの神主が、怪訝そうに、見ていることに二人は気付かない。
「ま、しゃあない、取り敢えず、云われた通りの、仕事、しに行こ」
 
            
 二人は、てくてく歩いて、今朝がた、300年マイナス7,8年の時空を超えて初めて着地した、所番地、何やったか忘れたが、そこに辿り着いた。
上半身に着ている宮司の服を脱いで、褌一丁の姿になり、初めてここに降り立った時はゴミの山、だったが、あのとき見た光景は、後に機械使って、堀り上げたゴミの山、だと説明されたが、今、二人の前はただの、雑草だらけの空き地。
 二人は、そろそろ日が暮れて暗く成り始め、月明かりだけで、炭火用の、スコップのような十能で、懲罰で草むしりを命じられた電車運転手のように、いじけた顔で穴を掘り始めた。
「ワイら、時空を超えて降り立った時、下半身、褌姿やった、やん?今、ふと思い出したんやけど、ワイも相方も、ちゃんと下に、袴、履いてたぜ」
「相方、て云われるのイヤやけど、ほんま、や、確かに、袴、履いとった、オッシのは確か薄いブルーで、ワシはシャインマスカット色やった」
「こんな時にややこしい色、云うな。ワイら、時空空間旅している間に、袴、脱がされたんや。ワイらにこの仕事、させる為、に。いや、もしかして、あいつに何か、されたんちゃう?あいつ、時々、ワレは、元ジョニーやね、て云うてる」
 
  一方、本殿に残ったプッシ、首を垂れてしおらし気に座る夫婦に声を掛ける。
「話を省くようで読者諸氏、落語会お越しのお客様には申し訳ないが、ここに至るまでの経緯は、事前に調べて把握したので、細部については省略して、本題に入る。
  何冊もの手形帳、落とし紙使うように濫発して市中に撒き散らされた約束手形をどうのこうのするのは一切不可能、その期日が来て、そなたらが破産して、債権者に袋叩きにされ、簀巻きにされて安治川に投げ棄てられるのは、避けようもない」
神前の二人は顔を見合わせ、その顔から、希望への微かな期待、奇跡のお告げを信じた期待が消えて、その顔を蒼白にして、二人は光男と小百合のように見つめ合う。
  暫し沈黙の後、プッシが、何だか、これを云うのがうれしくてならぬふうに宣う、
「そなたらの窮状を救う道はたった一つある」
夫婦二人、俄かに湧いた希望への期待に、目に小さな星のマークが現れ、少年、少女のように見上げた瞳に、その星が輝く。
「どうすればよいのでしょうか」
「そなたらの幼稚園の敷地、どういう経緯で購入したか、覚えておるか?」
二人は顔を見合わせ、妻の洋子が、心もとなさそうに頷き、当時を思い出しながら答えた、
「はっきりとは。全て父が決済しておりましたので。ですが、確か、空港の騒音問題解消のために、国や府、市が住民から土地や家屋を買い取り、一旦更地にして、防音対策を講じて売り出したのですが、一向に買い手が付かず、長年放置されていましたのを、父が、学校用地にするからと買い取った、とそこまでは聞いています」
「うむ。その通りじゃ。そなたらの幼稚園の敷地に接する土地はどうなっておる?」
「今も、更地のまま、雑草だらけ、誰も買い手、居ないと、役人がぼやいていました」
皆友が割って入って答えた。
「それを、あんたらが買う、て云うて行ったら?」
「そりゃ、手も足も腹も叩いて尻尾振って喜ぶ、思いますが、ちょっと待って下さい、神様、何か勘違いしてまへんか。余り、賢こそうに見えなんで心配してたんですが、今、私ら、神様に何をお願いしているのか、解って云うてますか?銭が無いから、何んとかしてくれて頼んでるんですよ、それを、買え、一文の値打ちも無い土地を買え、やて、アホらしいなってきた、おい、もうエエ、帰るぜ」
「そこや、そこがあんたの欠点や、自分は大学出て賢いんや、て何もかも短絡過ぎる。嫁さん貰う時も、ただ弁当作ってくれて一緒に食うただけで、決めたやろ、この奥さんに。普通やったら、断るぜ、やんわりと」
「何やて、うちの亭主、くさすのはエエわいな、そりゃそうやから。せやけど、何でウチのことまでそんな云われ方せんならんねや。お父さん、もうエエわ、ほんま帰ろ」

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