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「火男さんの一生」No.54

          54,
 せやけど、何で?と吉信は考えた、すぐ答えは出た、鹿木は、定信の遺した遺産の総取りを狙うたんや、その為に、定信の娘三人、由美子、それにこの俺、多少でも遺産受取りの権利のある俺ら全員をこの世から消してしまおうと鹿木は仕組んだ。
 鹿木の事業の失敗で、定信の遺産は相当目減りしている。しかし、吉信が知らない、古い昔からの、この辺り一帯、山や土地、屋敷など、まだまだ相当に遺っている筈、あの、あんな小さな鹿木島でさえも、誰も手を付けていない筈。そんな大小の島だけでも、本家鹿木家の名義分も合わせて、それら全部金に換えるとなると、吉信には想像も出来ない程の額となる筈。
 実際、定信が死んで、弁護士が読み上げた遺言書にも、定信名義の遺産について、ただ、その何分の何ぼを誰それに、と書いてあっただけで、何処の何々をと、具体的には何も書いていなかった。
 鹿木はそれら一切を我が物にしようと決めた。それに障害となる、定信の娘、由美子、それにこの俺を一気にこの世から消し去ろうと仕組んだ…
 
 あのガキ、と考えれば考える程、腸が煮えくり返る程腹が立ってくる。この仕返し、どうしてくれよう、と吉信は考えた。
 どうする?腹癒せに鹿木を殺す、か?それとも、かくかくしかじか、この通り、全て鹿木公男の仕業でございます、とお上に訴えて出る、か?
 そんで、どうなる?吉信は、その先を考えた、鹿木を殺して、その罪も被って、警察に追われ、空の米俵でも被って、日本中、逃げまくるつもりか?云うとくけど、この俺、追ってくるんは警察だけやない、伴野の子分もこの俺が何処に隠れていようが必ず捜し出して、腹に刺身包丁を、背中に突き抜けるぐらいに刺しこんでくれる。
 それに、警察に、鹿木が犯人です、と訴えて出て、どないなる?どないも成れへん、それどころか、留置場から、天下晴れて、警察の玄関出るなり、待ち構えた黒い車に押し込められて、どこかの山奥に連れて行かれて、木に括りつけられ、その腹に、刺身包丁を突き刺して貰う?
 
 いや、待て、俺はほんまにアホや、何を考えてるんや、俺のこの体、石のように固まったこの体で何が出来る思うてんのや。今のこの俺に出来るんは、辻に立つ石の地蔵の代わりに、嵐の中、杖持って日がな一日、雨にずぶ濡れなって、風に吹き晒されて、じっと突っ立つことしか出来へんなったこの体で何が出来る、思うてんのや。
 
 吉信は、決めた、あの村山と青木の二人が作った供述書に、動かない指で何とか署名しよう、出来なければ、あいつら二人に代筆させてもええ。
そうや、何よりも、このまま刑務所に入った方が却って都合がいい、どうせ、こんな体で世間に出たところで、自分一人では空の米俵を被ることさえ出来ないのは目に見えている。 
それにこんな体になって、刑務所でもそんなに長くは居さしてはくれへん。なら、鹿木への復讐、どうするつもりや?
どないなとなる、刑務所、追い出される頃には、体もちったあ動くようにはなるやろ…
 
吉信は、こんなどん底の状況に自分を追い込んだ鹿木に腹の底から怒りを覚え、激しく憎悪した、そして、どうにもならないこの現状に溜まらず、声を限りに吠えた、
「くっそー、あの鹿木のガキ」
と罵って直後、吉信は恐ろしい事実を知らされて激しい衝撃を受けた、しかし、そんなこと、すぐには信じられず、もう一度大声で叫んだ、
「くっそー」
声が出ないのだ、喉は潰れたように開かず、口は固まって微塵も動かなかった、
声が出ない…?
 

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