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「トッレートレトレトッレー」No.14

 
           14,
 電話で呼び出しを受けた皆友は、妻の洋子を伴って、庁舎内開発部会議室を訪れた。今日は、皆友は右の耳にイヤホンを差し込んでいる。それを、挨拶交わす前からその顔に憤怒の表情に満ちた黒塗りに咎められた、
「大事な会議にイヤホンで音楽でも聴くんですか、失礼千万、不謹慎じゃないですか?」
  朝一番にかかってきた電話でもその口調に棘があった。皆友はプッシを呼び出し、懸念を伝えた。プッシは何か答えてくれるが、いつも声が小さ過ぎて聞こえない。それで、イヤホンを持ってきた、だけだった、咎められるような他意はない。
「惑う勿れ、慌てる勿れ、疑う勿れ、心落ち着けてワレの声を聞いていればよい」
確かに、イヤホンの効果か、よく聞こえる。それとも、プッシが普段より大きな声で喋っているのかも知れない。
  挨拶もそこそこに、黒塗りに促されて白木が、写真を二人の前に並べる。何の写真かと見ると、ゴミとガラクタの写真、ばかり。皆友は、思い出した。先日、プッシに云われて提出したゴミ芥撤去費用見積書に添付したと同じような写真。意味が分らずきょとんと前の二人を見ると、黒塗りが、口端をぴくぴく引き攣らせている、
「問題の土地の土中に大量のゴミが埋まっていると指摘された、これらのゴミの、空き缶の一つ、鰯の干物の頭の骨一つ、全て、同じ空き地内金網フェンスの近くに棄てられていたゴミと、全て同じゴミが、誰かが掘った穴に埋められていたことが判明しました。
 この状況、経緯をご説明頂きましょうか?話の内容によっては、あなたを告訴しなければなりませんので、心して我々が納得出来る言い訳を」
皆友には状況が理解出来なかった。全てプッシ任せ、言い成りだった。返答に窮し、多分この会議室のどこかにいる筈のプッシに呼び掛けた。
「慌てるでない。ワレには全てお見通し済みだ。これから、ワレが云う通り、声にすればよい、よいか?」
「よいか?」
「ばか、子褒めの落語じゃないわ。始めるぞ、
(ああ、確かに、穴を掘り、そこに空き地内のゴミをあの穴に埋めたのは私共がやりました)」
「ああ、確かに…以下同文」
「よくも抜け抜けと、皆友さん、私たちを愚弄する気ですか」
黒塗りが机を叩いた。イヤホンからプッシの声が聞こえる、
「(茶川さん、話は最後まで聞いて頂けませんか。我々は穴を掘ってそこにゴミを埋めた。
 我々は当日、あそこに将来、新しく学校を建ててたくさんの子供さんを迎え、そして隣接する幼稚園児の健康を害してはならないと、あの土地の土壌調査、もし有ってはならないと、土質の調査を実施しました。が、結果は、私共の期待を裏切って、あの土地、数十センチ下の土中から、毒物反応が出ました。地質調査会社のひとが、
((反応のありました汚染土の量から、堀った土地の体積、また空き地全体の面積から計算しますと飛んでもない量の毒物が、ここに廃棄されている))
と顔を真っ青にして報告しました)、
さ、同じように、あんたの口で繰り返せ」
皆友は、一字一句、聞きながらメモして、それを読みあげた。
  黒塗りは、顔色一つ変えず、
「何をのうのうと嘘をならべて、この期に及んでまだ我々を愚弄するのですか?その毒と云うのは何ですか?」
「(あと、12分ぐらいで、連絡が来ることに成っているのですが、その調査員が云うには、ほぼ間違いなく、砒素、ヒソ、だろうと、云っていました)」
皆友は、メモを見ながら云う、
「砒素、だって?」
「そうなんです、砒素、なんです」
「ぼけ、勝手にしゃべるな、ボケ」
「ぼけ、勝手にしゃべるな、ぼけ」
「ぼけ、とは何ですか、こんな大事な話をしている相手に、ボケ、とは」
「あ、いや、私は云え、と云われた通りに」
「何を云っているんですか?」
「(あれをあのまま放置して置いては、万一、子供らがフェンスを越えて空き地に遊びに来れば、毒を吸って、大変なことになってしまう、それで、皆で相談して、空き地内に棄ててあったゴミをあの穴に埋めて、危険、近寄るな、と注意喚起する立て札を立てようと)」
「あれを、あのまま…以下同文。
  茶川さん、白木さん、感謝されこそ、非難されては溜まりません。ええ、結構です、もうこの話、無かったことにしましょうよ。地下に砒素、そんな土地に新しく学校を建てるなど、また、もしこの事実が新聞に知れたら、今在る幼稚園に誰も来なくなってしまいます。いいえ、私共だけではありません。この事実が世間に、白日の下に晒されて困るのは私らよりお宅らの方でしょうから」
「お、ちゃんと、自分で考えて云えてるやんけ、皆友さん」
前の二人、その顔、血の気が引いて蒼白に。白木は、手元の、役所発行の公式調査資料を震える指先でめくる。しかし、何処にも毒、砒素とかの文字はない。
「立ち上がり、出て行く素振りをするのじゃ」
プッシの声に促され、皆友は椅子を乱暴に引いて起ち上がる。
「奥さんに、教えた通り、悲鳴を上げるよう」
洋子は、夫に促されて、突然に悲鳴とも非難ともとれない声を上げて叫んだ
「ああ、どないしたらええんや。うち、ホンマに奥さんに、どない説明したらエエんや。折角名誉校長に就任して、入学式には必ず出席させて頂くと、昨日電話で云うて貰うたばかりなんや。どない説明して、駄目なってん、て云うて謝ったらエエのんや」
と、机に頭を伏せて泣き崩れた。
  長友は、妻の洋子の肩に、それこそ何十年ぶりかでそっと手を載せて泣きじゃくる妻を抱き起して、出口へと向かう。
「ちょ、ちょっとお待ちを」
黒塗りが声を掛けて二人を引き留める。その声を聞いた妻の洋子、背を向けたまま、悪戯がばれた幼児のように、舌をぺろっと出して、首をすくめた。この一連の動作は、プッシから指導されたものではない。ただの、洋子の子供の頃からの癖だった。

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