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「トッレートレトレトッレー」No.10

           10,
「聞いてたら、話、とんとん拍子に進む、みたいに聞こえますけど、仮に、仮にですよ、4億で決まったとしても、うちには、4億どころか、来月になったら、40円の銭も残りません、が」
「40円もあったら立派なもんや。今度家買う時の足しにしたらええね」
「40円で、どうやって家建てますんや?それに、このゴミの撤去費用、2億8千万、こんな銭、痩せガエルみたいに、深い井戸の底に飛び降りても有りません、し。なんか、あんさん、無茶苦茶云うてるだけちゃいます?何や、信用、出来へん、なってきた」
「誰が、お前に、その金、用意せえて云うた?何て、2億8千万?そんな金有ったら、3回往生こいて死んでも一生楽に暮らせるわ。ええか、よう聞きや、こっからが、この話の中で、一番、肝心なとこや…」
「何て?今、何て云いました?声、急に小っちょうなって、聞こえません、でしたけど」
「わざと声、小さう云うてるんや、読者さんや、落語聞きに来てるお客さんに聞こえんように」
「何で、ですの?」
「聞こえたら、先に、展開、読まれてまうがな」
 
  一方、その頃、オッシとコッシの二人、今日は、難波から電車に乗って南へ、南へ、昔この辺りに大きな遊園地があった、と云う駅の数駅手前で下りて、そこからバスで和泉葛城山脈を抜けて、隣県へと入った。
山の間を抜け出ると、眼前に広がる、極く普通の田園風景。二人はバスから降りようとするが、出口付近にいた極く普通の制服を着た、極く普通のスベタの女子高生二人が、キャーと少女のように悲鳴を上げて逃げ散った。
 運転手が運転席から出て来て二人を蹴飛ばした。理由は、褌、姿のままだったからだ。二人には極く普通の生活習慣だが、この時代では嫌われる。
 プッシから手渡された地図を頼りに、一人の農夫を訪ね、プッシの用事で来たと云うと、ビニール袋に入った、白い粉を農夫は見せて、
「金、は?」
と訊く。
そんなもん預ってないと答えると、なら、渡せない、帰れ、鍬を振りまわして追い返す。困って二人は途方に暮れていると、農夫が二人の恰好を見直して、
「これから、田植えする、手伝えば渡してやる」
オッシは気が付いた、プッシは自分達二人を褌姿で受け取りに行かせたのは、農家の手伝いさせて、白い粉の代金代わりにしようと考えたのだ、と。思い返せばそうだった。この前からそうだった、空き地での穴掘りに、ゴミの埋め立て、自分ら二人、褌、履かせたままにしているのは、自分ら二人こき使わんと、全部あいつに仕組まれているのだと。
  二人は農夫の鞭に追われてそのままの姿でたんぼに入った。農夫は、ふたりを牛のように鞭でしばいて、真夜中まで働かせた、帰りに、
「ささ、おみやげおみやげ」
と、素人名人会の西條凡児みたいに送り出されて、白い粉入りのビニール袋を渡して貰った。
  深夜、しかも未知の土地の道、腹はぺこぺこ、足は疲れてがくがく、汗とたんぼの泥に塗れて、それでも二人は満天星の夜空を恨めし気に見上げて、元来た方へと勘を頼りに重い体を引き摺って歩く。
  口から洩れるはただただ恨みと、呪いの言葉、
「あのガキ、殺す、殺したる」
 
  その夜が明けて、他方、庁舎内開発部、皆友夫婦は奥の会議室に通され、長机を挟んで、正面に黒塗り課長、斜めには、俯いたきり、手にした手帳の白紙のページを睨んで、鉛筆の先を舐める白木係長、と対面していた。
  相互に交わされる会話、その会議は一字一句、前日、プッシが教えた通りの台詞で進行していた。その一字一句を白木が記録する。
  そして、土地の買取価格を4億円と提示を受けて、黒塗りと白木は、流石に無表情貫く白木も顔を上げて、互いに呆れたふうに顔を見合った。
そこで、皆友は、これも教えられた通り、
「あんたかて、どうせ、一から百まで、全部税金からでしょ、何もあんたの腹が痛む訳やない、それに、この土地、さっさと処分して、肩の荷、降ろしたらどうですか。終いには糠漬けの漬物みたいになりまっせ、黴だらけになって腐ってまう、云う意味ですけど」
と云って、な、おもろい、やろ、みたいな顔して二人を見た。
  すると、陰気そうな白木がふと思い出したように顔を上げ、黒塗りの耳に、何か云った、そして黒塗りは、思い出したように、皆友に云った、
「売却額を今ここで決定する権限は私には有りません。全て国有地、府市所有財産ですので、それぞれの担当部署にこの条件を提示して決定を頂かねばなりません。それはそれとして、一つお伺いしたのですが、皆友さんが仰る、その寄付の話ですが、それについて、もう少し具体的に、お伺い出来ますか?」
皆友には想定外の質問、途端に答えに窮したが、右の耳が、ふと蚊が飛び込んだような耳鳴りがしたかと思うと、それがひとの声に変わり、こう云った、
「慌てるでない、たじろぐでない、戸惑う勿れ、大きく息をして気持ちを落ち着かせろ」
皆友が大きく深呼吸すると、耳鳴りは続けてこう云った、
「ワレが云う通り、オウム返しに云えばよい、
(それは、いまの時点では、ご勘弁頂けませんか。何分、この国の、政界、経済界、思想界、言論界、宗教界、漫才界に於いて活躍される著名な方たちから、私どもの教育理念にご賛同頂いた上でのご寄付なれば、話が決まる以前に、その方たちのお名前を公にするのは差し控えたいと思います。またその方たちのお名前をあなた方がお聞きになって、その結果、売買交渉が歪められたのではないかと後にマスコミに騒がれないとも限りません)」
皆友は、学芸会の劇で演じる園児のように棒読みに真似た、
「それは、今の時点では、ご勘弁頂けませんか…以下同文のため、後略」
「(ただ、今、現時点で、お申し出頂いています寄付金額の総額は、4億5千万、工事が始まる頃には、更に2億円が上積みされることになっております)」
「ただ、今現時点で、公式に…以下同文」
  男達の丁々発止の交渉が進行する中、エアコンの効かない会議室で、退屈そうにしていた妻の洋子が、急に喉が蒸せたかして咳込み始め、バッグからハンカチを取り出そうとして、後で出す段取りになっている、それとも順番間違えたか、プッシから渡された継ぎ接ぎだらけの一枚の、某最上級国民の夫人と握手している合成写真を机の上に出した、
「あ、この写真、何でこんなとこに?」
と、対面の二人によく見せるようにしてから、バッグに戻した。
  写真を見せられた対面の二人の顔色が急に変わり、ぼそぼそと言葉を交わす。やがて黒塗りが立ち上がって、
「判りました、この案件、どうやら我々の権限を越えたところのお話のようですので、一旦持ち帰りまして、上級幹部会議に上奏して検討させて頂きたいと思います。いえ、決して、今、目にしました写真に写っておりましたご夫人のことも議題になりますので、悪い方向には進まないとは思いますが、ただ、今も申します通り、一応、上司とも」
白木が一字一句言葉を拾って、芯を舐めた鉛筆で文字にする。

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