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「トッレートレトレトッレー」No.12

              12,
  いつもの神社の本殿横、一列に並ぶ祠の一つ、塗料も剥げて
「AI(愛)神社 社祠」
と書いた“卒塔婆”が立て掛けてある祠の前、褌姿の男二人、が汗と泥に塗れた体で蟻に咬まれても気付かない程、泥のように眠っている。ふと、オッシが、手にした田邉屋の薄皮饅頭落としそうになった夢を見て、目を覚ました。
  横にいぎたなく眠るコッシを起こした。そしてオッシは語り掛ける、
「ワイ、一睡もせんと考えててんけど、もう、ワイら、あの、いかさま教祖から逃げへんか。一緒に連れ出されても、碌なこと無いや、今まで。ほんで、今は、牛か豚のように、こき使われて、ほんで、ワイ、ふと思うたんやけど、ワイ、な、穴掘ったり、ゴミ埋めたりして汗流してる間に、働く喜び云うの、内から湧いてくる、なんかそんな充実した気持ちになっててんや。  
こんなん、生まれて初めての気持ちなんや。ほんま、ワイら、生まれてこの方、ひとの物盗んで食うか、盗んだ金で物買うて食うか、そんな生活やったやんか。もし、もしやで、こないしてどこかで汗水垂らして仕事してたらや、今頃、嫁さん貰うて所帯持って、子供の二人も持ててた、思うねんや。どや、このまま、教祖のとこ戻っても、今度は八丈の島へ戻るだけ、それやったら、このまま逃げて、仕事見つけて働いてみいひんか?」
「ああ、ワシも、全然眠られへんで、それ考えてたんや。せやけど、何処へ逃げる?逃げて、何、するつもりや」
「ワイな、ほんま云うと、な、フランス人に成りたかってん、ガキの頃」
「フランス人てな顔違うぜ、しかし」
「ま、聞け、フランス人になってマルセーユで暮らすね、名前はフランソワにするんや」
「ふらふらのそわそわ、か。ま、ええやろ。ワシは?」
「何や、お前もフランス人になりたいんか?」
「ほんまは、な、マリオになって、一日中、飛んだり跳ねたりして暮らしたいんやけど、ワシ一人では何も出来へん、せやからワシもフランスへ連れてってくれ」
「そうか、ほな、お前の名前は、カペラにしたらええわ」
「フランソワにカペラか、どっかで聞いたような名前やな。云うても、ピンとくる奴、皆もう死んでしもとるやろ、あの、ずっと前の、猿みたいな顔の、総理以外は」
  二人の話は無駄に止めどなく続く。その二人のぼそぼそ声を、境内の掃除をしていた神主が聞きつけて、陰に隠れて二人の話を聞いていた。
聞いている内、神主は何故か二人が可哀そうに思えて来た。神主にはそんな自分の心の動きに戸惑い、そして自分の感情の変化に驚いていた。何故だかその理由が解らない。神主のこれまでの一生で、ひとを憐れんでやるような気持になったことはただの一度もない。唯我独「存」で生きて来た。
  神主は物陰から突然、かくれんぼしてて鬼を見つけた子供のように、二人の前に飛び出した。二人は大いに驚いて腰を抜かした。
「な、何やね、このおっさん、ワイら気持ち良う、夢、語ってたのに」
「ここは私の神社、私の家じゃ、あんたらこそ何だ、勝手にひとの土地に入って来て、褌一丁でごろ寝して夢を語るとは。他の参拝客に迷惑じゃ。さっさと出て行け」
「出て行け、云われても、な、行くとこなんいや、ほんま、云うと」
「ならば、ここで働いてはどうだ、丁度、いま、うちに、下男が居ない。住み込みで働け」
「え、ほんま、でっか、ワテら雇うてくれるんけ?」
「うちで働いて、憧れのフランスに移住して、あんたはフランソワ、あんたはカペラと名乗って暮らしたらええや」
「え、ワイらの話、盗み聞きしてたんや。おお、恥ずかし。せやけど、おおきに、神主、さん、あれ、神主さんの顔て、よう見たら、牢番の徳蔵さん、にめちゃ似てるやん」
「徳蔵て、私も名前、徳蔵や。え、その牢番してる人の名前も徳蔵か。徳蔵云う名前、我が家先祖代々、一子相伝の名前で、初代先祖の徳蔵が、明治になるまでここに岩牢があってんけど、その岩牢で徳蔵云う名前で、更にその昔、牢番してた云うの、家系図で見たことある。あんたら二人、うちの初代さん、知ってるんや。奇遇や、それで、さっき、あんたらの話、聞いてて、急に優しい気持ちになってしもたんや、な」
「なんや、まんがみたいな話なってるけど、おおきに、神主の徳蔵さん、せやけど、ちょっと待ってくれ、ワイら、あのあほ教祖に最後の奉公してからここへ戻ってくる。それからでも住み込み、ええか?」
「ええわ。いつでも来てくれたらええや。それに、ちょいちょい、うちの境内にあんたらと一緒に来てる、透け透けのピンクのネグリジェ着た、ネエちゃん、居てますや」
「お花坊か?」
「せや、確かそんな名前の若い娘さん、今も云うし、うち、巫女さんも、最近腹が出て来て辞めて、巫女さん、居てないね。やっぱ巫女て神社では花形やんか。居てない、とな、やっぱりや。あの子も一緒に、もしあんたら親しいしてんねやったら、一遍云うてみてくれへんやろか、タイプやね、ほんま云うと」
「ま、云うてみますけど。もう一人、神主みたいなんもいてますけど、抱き合わせでどうです」
「神主はひとりで十分や。それにあいつは天性の詐欺師や。神様が嘘云うたり、ひとを騙してはいかん、あんなん要らん。近い内に同窓会がある、キリやん、孔やん、孟やん、閻魔大王らと会う、その時に釈迦牟尼も来るから、あいつに訴えてみる、詐称、名誉棄損、社会騒擾の罪で」
「え?あんた、何者ン?」
オッシ、コッシの二人、顔、見合わせた。
「同業、皆な、これ、云うてんで、普通に」

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