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『とある天才外科医の仕事』

 いやな雨が降る夜更け。
 こういう日は必ず悪いことがあるものだ。案の定、急患が担ぎ込まれてきた。交通事故で身体がぐしゃぐしゃになっている。僕は思わず口を押さえる。いくら救命救急で働いていても、これほど酷いものは見たことがない。
「これはもうダメだ」
思わず口から本音が漏れる。他の誰も否定しない。みんな分かっているのだ。この患者を助けることはできない。…そうあの人でもない限り。
「まだだ!まだ患者は生きている!」
彼が僕の前に割り込んだ。頼もしい背中だ。
「すぐに緊急オペだ!」
 彼が現れると、みんなの動きが変わる。信じているのだ。どんな絶望的な状況でも、彼なら必ず患者を助けてくれる。
 彼は僕と同期だったが、あっという間に引き離されてしまった。しかし不思議とヒガむ気にはまったくならない。僕はみんなと同じで彼が好きだった。憧れている。彼こそがスーパードクターだ。第一助手として僕は彼に声をかけた。
「ナツメ先生、お願いします!」
 ナツメの目がギラリと光ると、目にもとまらぬ速さでその両手が動いた。元の形も分からないほど壊れてしまった人体を、瞬く間に組み上げていく。骨を肉を血管を、完璧に元の形を把握して、即座にアウトプットして、両手をコンピュータのように正確に動かさなければ、こんなことできないだろう。
 彼の処置をみていると、はじめからそう組み上げるように分解された家電製品なのかと思えてきた。僕なんかは家電製品を修理しようとして、逆に何度も壊したことがあった。バラした通りに組み上げたつもりでも、何が違っているのか正常に動かない。そう考えてもナツメは凄い。患者は術後、みるみるうちに回復した。
 数ヶ月後、患者は元気に退院していった。僕はナツメを労った。
「さすがだなナツメ」
 しかしナツメは落ち着かない様子で目を泳がせた。こんなナツメははじめて見る。
「どうしたんだナツメ。なにか気になることでもあるのか?手術中なにかあったか?」
「いや術式は完璧だった…。すべて完璧に治したし、術後も問題なかった。…しかし」
「まさか、メスを置き忘れたのか」
ナツメは弱々しく首を横に振った。
「完璧に治したはずなのに」
「骨が一本余った。これは一体どこの骨なんだ」

   終
2022年1月26日#トーテム・ノベルス

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