どこもかしこも獣ばかりだ

どうせお前もそうなるのだろう。


背筋にあの時の殺意を感じ、俺は目覚めた。
「大丈夫ですか、狩人様」抑揚のない声で人形が心配そうにのぞき込んでくる。
良かった、あの女にメスを入れられる前に無事死ねたようだ。
ヤーナムに着いた頃に襲われたあの神父の台詞が今も耳にへばりついて取れそうもない。俺はまだ人なのだろうか。
昔の記憶は薄らいでいく、自分の名前すらもう辛うじて思い出せる程度だ。だが、狩人に名前など必要ないだろう、まずはこの夜を脱しなければ。

ポケットには診療所でなんとか回収した招待状が入っていた。封蝋はかなり上質なものだ、貴族かなにかなのか。
中身はただ一言「ヘムウィックの辻にて、迎えを寄こします。」とだけ。
さっぱりだ、ヘムウィックとはそもそもどこなんだ。
疑問は残るが、とにかく聖堂街へ行こう。見落としている場所があるかもしれない。

相変わらずこの教会はかびと獣除けの香が混じった嫌なにおいだ、隅の方で声をかけてくる親切そうなめくらの男は気にならないのだろうか。
まあいい、街へ出よう。

例の頭蓋があった聖堂の脇に精悍な男がいる、いかにもというような聖職者だ。
「あなたも狩人なんですね。」
無視するかかなり迷ったが、会話ができる人間は貴重だ、情報も欲しい。
ああ、君は?
「申し遅れました、私はアルフレート。血族を狩る狩人です。」
血族?
「ええ、カインハーストに根城を持つ人ならざるものたちです。」
ビンゴだ。こいつの話は最後まで聞いた方がよさそうだ。

俺が持っている情報を小出しにしながら、いろいろとアルフレートとかいう男から話を聞くことができた。
なんでもヘムウィックというのはこの聖堂街から目と鼻の先にある墓地街のことで、墓の管理を任された婆どもが住んでいるらしい。
どうやらアルフレート君はカインハーストに血族を狩りに行った師匠とやらを探し求めているそうだ。ご苦労なこって。
もちろん俺がそのカインハーストからの招待状をもらったことは黙っておいた。聖職者は何をしてくるかわかったものではない。奪い取られては敵わん。

目的地は決まった。彼にお別れを言い、大聖堂の裏手のあぜ道を歩いていると、大小さまざまな墓石が目に入ってきた。辻を探さなければ。
墓の管理しているだかなんだかの婆どもはもう正気を失っているようで、俺を見るなり襲い掛かってきた、犬のおまけつきで。
意識を保つための輸血液が底をつきそうだ。
巨大な螺旋階段のような墓地街の中腹に辻を見つけることができた。
作りは立派だが、かなり古いのだろう。「Ca nh   t」という文字がなんとか読めるぐらいだ。

カラカラカラカラ

消え入るような大きさで車輪の音が聞こえる。振り返ると、そこには辻と同じぐらいボロボロの馬車と2頭の黒馬がそれを引いていた。騎手の顔は見えなかったが、おそらくこいつも人ではないのだろう。
軋みながら開く客車のドアをくぐると、上質だったであろうシートが。
俺はどこへ連れていかれるんだ。消え入りそうな音で車輪が回り始める。
いやに眠い、貴族と謁見するんだ。眠気まなこをこするわけにもいかないしな。と雑な理由で俺は頬杖を頼りに眠りについた。

地響きで目を覚ました。いつのまにか車輪の音も消えている。
客車から降りると、目の前に見たこともないほどの立派な城門と、それを彩る雪化粧が。ここは寒い。早く暖炉にでも当たらせてもらおう。
先ほどの地響きは城門が上がった音のようだ。長い階段を上り切り、城門をくぐると、そこは地獄だった。
俺より二回りほどでかいノミが中庭を闊歩し、俺の下半身ほどの大きさのウジがそこらじゅうに這いずり回っている。

一度夢に帰りたい。
折れそうになるがあの人形に心配されるのも癪だ。
からがら城の中に入ると、今度は小間使いと幽霊のように透き通った女どもに追いかけられる。なんだこの城は。俺は客だぞ。

来る前に斧を鍛えておいてよかった、あと幽霊みたいな女にも斧が当たってよかったと心底思った。
血族とやらの城なだけあって、見るからに貴族趣味な手袋や刺剣が壁一面に飾られている、あとで拝借しよう。

仕掛けを動かし、梯子を伝って屋根まで来たはいいものの、この寒い中椅子に座るでかい爺を見つけた。
経験上こういう爺はまずい。
案の定こちらの姿を見るや否や、重そうな腰を上げてなにかぶつぶつ言っている。次の瞬間血しぶきをまとった怨霊のようなものがこちらに向かってくるではないか。
勘弁してくれ、もう輸血液がないんだ。
案の定俺はあっけなく殺された。
何度も何度も何度も何度も。

こちらの攻撃が効いているのかもわからないが、一度来てしまったのだ。こいつを殺さなければここまで死んだ意味がない。

何度目だろう、100を超えたころから数えるのをやめていたが、ついにその時は来た。
膝をつき、祈りのような言葉を口にすると爺は霧散し、その頭につけていた冠だけがカランと音を立てその場に残った。
冠を拾い上げる力も残っていない、その場に崩れ落ちる。
一度眠ろう、起きてから考えればいいだろう。

寒さで目が覚める、体が動くことを確認し、爺が落とした冠を手に取ってみる。
凝った意匠だ、散りばめられた宝石に幾何学を感じるが気のせいかもしれない。

その冠を頭につけると、さきほどまで屋根のへりだった部分に主塔がせり立ってきた。そういえばこの城には主塔が見当たらなかったな。
おそるおそる中に入ると、また長い階段とおびただしいほどのロウソクの群れ。
疲弊した足を上げ、なんとか広間のような場所まで出ると、仮面をかぶり玉座に座る女と、その脇に佇むこれまた仮面をかぶり、見たことも無い刃物を腰に携えた騎士がいた。

跪け

いやに響く声だ。
言う通り女の前に膝をつく。
「我がカインハーストにようこそ、余はアンネリーゼ。血族の女王なり。」
「よくあの男を殺せたものだ。我々を隠すために雪の中で永劫を過ごしていたが、元はかなりの手練れぞ。」
だろうな、何度死んだか覚えてないし。心の中でつぶやく。

「褒美を取らせよう、貴様も我が血族に迎え入れよう。とはいえ、もうこの世に2人しか残っていない悲しい種族だがな。」
まあもらえるものならもらっておこう、膝をついたまま手を伸ばすと、手のひらから熱い血を流し込まれた。
病気とかもらわないよね。口をつきそうになるのを堪える。貴族はなにが気に触るかわかったもんじゃないからな。
「これでお前も血族だ。せいぜい楽しむのだな呪われた血を。」
どうやら血族とやらの仲間に迎えられたそうだ。
謁見はもう終わりのようなので、部屋の中を一通り物色する。いいだろ?もう俺も血族なんだから。
騎士の方に話かけてみたが返事がない、無愛想なやつだ。耳に蝋でも詰めているのか?それとも口か?

めぼしいものは血に濡れた手袋と、未開封の招待状ぐらいだ。
待てよ、今度アルフレートにこの招待状をくれてやろう。師匠の仇がここにいることを教えれば目の色を変えてやってくるんじゃないか。
俺は義理堅いんだ、ヘムウィックの情報代にしてもお釣りがくるだろう。

次にあの男に会うのが楽しみだ。聖職者の暗い顔を暴くのはたまらない。

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