夜明け〜spirit〜

2020年2月観劇

※ネタバレしかない


柳浩太郎復帰第一作目の主演舞台。

柳浩太郎とは10代の頃、「ミュージカルテニスの王子様(通称テニミュ)」の初演で主役に抜擢されていたが、その稽古帰りに交通事故に遭ってしまう。意識不明となり生死を彷徨う重体だったものの、一命を取りとめその後は驚異的な回復力をみせた。しかし彼の身体には半身麻痺、記憶障害、声帯損傷、高次脳機能障害などの後遺症が残った。

そんな柳浩太郎の半生をモチーフに描かれた、フィクションの物語。


主人公の名前は柳ではなく柳瀬。ほぼ柳みたいなものである。柳瀬が事故に遭うところから舞台は始まる。フィクションとはいえ柳瀬のキーパーソンが親ではなく姉だったり、1番仲が良いとされている役者仲間の名前が"木村"とされていたりと、分かる人には分かる芸の細かさがとても良い。

事故で意識不明の重体となった柳瀬だが、しばらくして奇跡的に意識を取り戻した。喜ぶのも束の間、彼を待ち受けていたのは様々な後遺症と闘う日々だった。会話はできるようになったものの、ラケットを握ることはおろか手を伸ばすこともままならない。そんな柳瀬と面会した役者仲間のひとり、"木村"が声を出さずに一人でひっそりと号泣するシーンには胸を締め付けられた。無事で良かったという安堵感やら、何でこんなことにといった悲壮感やら様々な感情の渦巻きからくる涙なんだろうか。愛情とそれ故の悲しみを感じた。

柳瀬は役者をしていて、「ミュージカルバドミントンの王様(バドミュ)」の主演を務める予定だったが、歩くこともままならない彼はもちろん降板となった。バドミュに関しては恐らく笑うところである。

そんな状況になっても柳瀬の持ち前の図太さというか、ふてぶてしくて口が悪くて生意気で、誰よりも自由なところは変わらない。誰が相手でも「うるせえ」「クソ野郎」とか言っちゃうけど何故か反感は買わないタイプ。看護師や役者仲間と軽口を叩き合いながら柳瀬は舞台復帰に向けて必死にリハビリをする日々。事故の後遺症が生活に与える影響は大きく、柳瀬は歩行器を使って歩く練習から開始し、自販機でコーヒーひとつ買うのもままならなくなった。時々病室の外に来る可愛いワンちゃんに癒されながらも、毎日奮闘していた。

ちなみにこの日のゲスト出演で森川次郎さんが出ていたが偽膜性声帯炎というものになってしまったため、竹岡さん(急遽お手伝いで出てくれた役者さん)がセリフをフォローして森川さんは動きだけで表現するという新しい演出を見せてくれた。森川さんの本業はダンスというのもあってか、機敏で表現力のある動きで不思議と言いたいことが伝わってきた。

事故に遭う前の柳瀬は、ダンスのセンスも歌唱力もずば抜けているカリスマ的存在だった。しかし今では、声は上手くでない。体も思うように動かない。誰かの手助けが無ければ、生活もままならない。そんな柳瀬の変化を受け止めきれず去っていく恋人。各々の舞台に向けて奮闘する役者仲間たち。事故によって変わっていく人間関係に、柳瀬は徐々に塞ぎ込んでいってしまった。



そんな柳瀬に、主治医は「AIオペ」を施そうと考えていた。

「AIオペ」とは、身体の物理的な機能を超回復させる代わりに感受性が欠如されてしまうという政府が推奨する新しい手術。感情を失うことは柳瀬を幸福にはしてくれない、と看護師はAIオペを否定するが主治医は聞く耳を持たない。

実はこの主治医には、植物状態となっている16歳の息子がいた。AIオペを柳瀬に実施し、成功例として政府に提出すれば日本に正式に治療法として認められる。そうすれば息子にAIオペを施すことが出来るようになるため、どうにか柳瀬をその被検体にしようと考えていたのだ。もちろん実在しない手術法だが本当にあったら割と画期的なような気がしなくもない。状況によるけれど。


そんな画策が水面下で進行していた時、柳瀬の身に変化が起きる。

ある日、いつものようにお見舞いに来た姉を突然警戒する柳瀬。不思議に思いどうしたのか尋ねてみると、柳瀬は姉のことをすっかり忘れてしまっていた。役者仲間のことももちろん、自分の事故のことさえも全て記憶にない様子。柳瀬に昔のことを思い出してもらおうと役者仲間たちは昔の柳瀬との思い出を再現するが、この部分はノンフィクションなのがまた笑いを誘う。柳瀬(柳)が昔オーディションをやる気のない態度で受けていたことも、体格を見るために審査員に 脱いでみてって言われて上を脱いだ後下も脱ぎかけたら止められて「脱げって言ったじゃん」と不満そうにこぼすのも全て本当にあった話だから面白い。海外暮らしが長くて敬語が使えなかった柳を、周りの人は理解して受け止めてくれる温かい環境だったんだなぁと改めて感嘆した。

しかし昔の思い出の再現をしてみても変化は無く。柳瀬には記憶障害が起きていた。それは時間が経つにつれどんどん進行していく。記憶障害に施す手は何もなく、今こそAIオペを実施すべきだと姉に迫る主治医。なす術もなく追い込まれた姉は遂にAIオペを承諾してしまう。

AIオペ実施反対派の看護師は、役者仲間たちに協力を仰ぐ。もうすぐ開始されてしまうオペを止めるには、柳瀬本人に記憶を取り戻してもらうしかない!と。そのためには、彼が好きだったダンスをみんなで披露して記憶を掘り起こそう!という提案だった。あ、これそういえばコメディだった っけと静かに思い出す。一見めちゃくちゃなアイデアだが、みんなノリノリで賛成し一丸となる。なんてったってコメディだから。何なら姉も参戦する。いや姉はオペ中止を申し出ていい立場なのでは。


そして渾身のダンスシーン。ジャズのような、クールな音楽に合わせて全員が本気で舞い踊る。みんなダンスの心得があるキャストが揃っているのか、とてもカッコいいシーン。ダンスに釘付けになる柳瀬。このまま好転するかと思っていた矢先に、状況に気付いた主治医が怒声をあげながら乱入してきてダンスを中止させてしまう。何かずっとシュールである。

どうしてもAIオペを実施したい主治医。その裏には、どうしても救いたい存在がいるからだと考えると主治医を嫌いきることも出来ない。己の葛藤に悲痛な叫びをあげる主治医に語りかけるのは、柳瀬。


「俺は上に行くよ。」



これはずるい。分かる人には分かる名言をここで使ってくるのはずるすぎる。いや柳自身を知る人ならみんな知っていて当然なんだろうか。何十年越しにこのセリフが聞けただけでもこの公演に来た甲斐がある気がする。あとどの場面からか忘れたけど後半から柳瀬の服装がFILAのTシャツになってた。それもまたずるい。

柳瀬の思いを知った主治医はなんやかんやで思い直し、AIオペの中止を決意する。こらからは患者一人一人に合った治療法を推奨していくつもりだと。

柳瀬もみんなのダンスを見て記憶を取り戻した。取り戻しすぎて河合龍之介さん演じる主治医のことを「日吉!」って言ってた。思い出しすぎ。ここでその名前出しちゃうんだ。しかし正直めちゃくちゃエモい。ありがとうございます。みんな分かり合えたところで、主治医もダンスに参戦してこれまた超絶カッコよく舞い踊る。たなびく白衣がとても素敵。

そして月日が経ち、柳瀬の退院が決まった。看護師と穏やかに散歩をする柳瀬。柳瀬は自販機で欲しい缶コーヒーを買えるくらいには回復しており、その缶コーヒーを看護師に差し出してなんと告白する。が、男性として好みのタイプではないとあっさりフラれてしまい絶望する柳瀬。結局、柳瀬に寄り添ってくれるのは時々病室の外に来てくれる可愛いワンちゃんだけだったのでした。


終幕。


流石と言うべきか、キャストも小ネタもやはりテニミュ色が強い。だがそれが良い。もう何年ぶりに顔を見たかって感じのキャストが多かったが、皆さん爆イケになっていて驚いた。河合龍之介さんとか、若い頃の姿ばかりが記憶に残っていたけどはちゃめちゃにイケオジになっていて感動した。いや36歳のことをオジ呼ばわりしていいのか微妙に引っかかる部分ではあるが。

そして何と言っても、30歳を超えても尚衰えない美しさを持つ柳浩太郎の姿よ。全然制服が着れそうである。肌も髪艶も、こんな34歳がいていいのかってくらい美青年の名を欲しいままにしていた。私は基本的にテニミュやD-BOYS時代くらいの、若い頃の柳しか知らない。しかし自由な振る舞いで口も悪いけど何故か不快に感じない、そんな独特な雰囲気は昔と変わらないように思える。なんならパワーアップしている柳浩太郎がそこにはいた。

アフタートークでは柳浩太郎、堀田勝、森川次郎(敬称略)のお三方が参加。森川さんが偽膜性声帯炎になり公演中は声を出せなかったため、お詫びと称して本業のダンスを披露してくれた。舞う姿が美しくて、見てる人みんな口が半開きになっていた。それからテニミュの話になり、急遽森山英治さんを加えてみんなでポッポッポワーを踊ってくれた。それから桃城と越前のチャリシーンも再現。10年以上前のことなのにみんな覚えててくれているものなんだなぁぁと感動した。伝説の初代の絡みがこんなに見れちゃっていいんすか!一周回って恐縮である。

観に行って良かった。



ちなみに、この舞台を観に行く道中で先輩とばったり会ったので「これから中目黒に舞台を観に行くんですよ〜」と伝えたらめちゃくちゃオシャレな趣味を持つ人だと思われたし、何かオシャレなこと言っちゃったなって自分でも思った。



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