心臓が濡れる

2018年7月観劇

この舞台に関しては大分記憶が曖昧なので、おそらくシーンの細部が違ったり、順番が前後してたりと色々ふわっとしてます。とりあえず雰囲気と斬新な演出を感じて欲しいので記録。


北乃きいちゃん主演舞台。

この日が千秋楽でした。

なかなかにキツイものがあると噂には聞いていたけど実際に観てその真意を知る。

キツイっちゃキツイ。何がキツイって、なんかもう色々キツイ。

推しが演じた役の占い好き設定がまったく生かされずあっさりフェードアウトしたことなんてすっかり忘れるような芝居。

真ん中に舞台があって、それを囲むような形で客席がある劇場。ヨシモト∞ホールみたいな。180度の角度から見れる。

小さめのステージだけど雰囲気はめちゃくちゃ出てる。退廃的でセットの凄さをまず感じる。


この舞台、簡単にいうと洪水で被災して停電した職場に閉じ込められた会社員たちのお話。急に被災して窮地に立たされたので各々の焦りや混乱、価値観がぐちゃぐちゃに入り乱れる中で、人間の本質に迫っていくストーリー。

被災しても最初は「まぁじっとしてればいつか助けがくるっしょ。」みたいな感じで比較的和やかではあるんだけど、まぁそんな雰囲気をぶち壊すピリピリおじさん上司がお約束的に1人はいるわけで。助けがくる気配はないわそんな上司に煽られるわで結局みんなピリピリしてきちゃう。そりゃね。社内水浸しで停電してるしね。


この舞台、劇場のセットも凄いが何が1番凄いって、食事も喫煙も実際に舞台上でするところ。非常食のカップ麺やら缶詰やらあったのでこれ食べましょーってなって本当にお湯入れて食べてる。こういうのって基本食べてるフリがほとんどで実際に食べる舞台はほぼ無いんじゃないだろうか。だって映画と違ってリアルタイムで演じるわけだから食事時間とか調理時間とか咀嚼しながらのセリフだとかそういうのも計算して演技しなきゃいけないから凄く大変なはず。これは驚いた。もちろん喫煙シーンはちゃんと客に煙が届かない位置でやってました。


で、だんだんピリピリし始めてきちゃう中、やっとラジオが繋がるけど聞こえるのは変な音だけらしい。情報は得られず。トイレとか生々しい生理的な問題も浮上してきてイライラピリピリは増していく。

助からなかったらどうなる?脱出出来るようになったとして、誰から脱出する?命に優先度はあるのか?あるとしてそれは差別ではないのか?ではどうするのが得策といえるのか?言えないのであればそれは所詮綺麗事ではないのか?

他愛のない発言から言い合いも増えていく。焦りと不安でどんどん隠しきれない動揺が怒りになり、人間関係を乱していく。

好きな女性社員の身を案じる男、何とか場を和やかに保とうと奮闘する主人公、積極的に助かる方法を探す男、色々な思惑が交差するがとりあえず睡眠をとろうって話になりみんなで雑魚寝。

主人公は眠くないと言って寝ず。


そんな主人公を心配するムードメーカー的存在の男。主人公は母親と喧嘩したままこんな状況になってしまったので後悔していた。「もう今度にして。」って、今度なんてあるかも分からなかったのに、と。初めて涙と弱気を見せる主人公を励ますムードメーカー的存在の男。いい人。

ちなみに順番は忘れたけどピリピリおじさん上司と主人公が2人で会話するシーンもある。ずるいことにこのピリピリおじさん、実は小さくて可愛い子供と愛する奥さんがいてその家族をとても心配していた。携帯に写真が入ってたりなんかして。話してたらおじさん泣き出してくる。家族愛の話はなかなかくるものがある。前半あれだけ横暴に場を引っ掻き回したくせに後半のギャップがずるい。もういい人にしかみえない。


とりあえず主人公はムードメーカーの励ましで落ち着きを取り戻すがしばらくして寝てた社員の1人がムクッと起き上がった。様子がおかしい。

フラフラしてなんか悶えてる。なんか吐きそうじゃんって思ってたら吐いた。


本当に吐いた。


口からカップ麺の具とか水が吐き出されてきた。どうなってんの?????

ちなみに客席の最前列とステージは1メートルくらいしか離れてない。割とすぐそこに役者がいる状態なんだけどいつ仕込んだとか一切分からなかった。全体的に暗い照明だったっていうのもあるけど本当に分からないから普通に驚いた。

急に嘔吐する社員に驚く主人公とムードメーカー。大丈夫ですか?!ってなってたら寝てた社員たちが次々悶え出して嘔吐し始める。客席の1メートルほど手前で。アワワ

ちなみにこの舞台の後、レポで「近かったから匂いがきつかった」っていう意見をチラホラ見かけたけど私は分からなかった。本当の胃液ではないみたいだったし匂いまでつけてはないんじゃ…?とは思ったがそもそも鼻がそんなにきかない方なので実際はどうだったのかよく分からない。匂いもつけていたものなのか、役者の魂の芝居が客に匂いまで感じさせたのか、真偽は不明である。


次々に嘔吐したと思ったら今度はみんな身体中が痒いって言って搔きむしり始める。身体がヤバイ状態にあるらしい。

どうやらカップ麺を食べた時に水道水を沸かして使ったが、その水がまずかったのではないかと。外は洪水で色々混ざっちゃったやばい水が街に流れ込んでいるので水道水も恐らくそうだったのだろうと。ちなみにこれはカップ麺食べる前に危惧されていたけど「まぁ大丈夫じゃないか?」ってノリでその場は終わっていた。全然大丈夫じゃなかった。


女性社員(主人公含め2人)はカップ麺ではなく缶詰を食べていたので異常なし。ムードメーカーはカップ麺を食べたのに何故か1人だけ異常なし。もう1人若手の男も平気だった気がするけどそれは進行が遅かったんだっけな(曖昧)。周りに「なんでお前だけ平気なんだよ!」って問い詰められて「分かんないっすよぉ!!」って取り乱しちゃう。ちなみにこの理由は最後まで分からなかった。生まれつき丈夫なんだろうか。


嘔吐と痒みでみんなおかしくなっていく。健康な社員たちで介抱してあげなきゃってなるけど主人公じゃない方の女性社員はそれを嫌がる。触って感染するものだったらどうするのか、嘔吐物も見たくない、見れませんと拒否。時々いるっちゃいるよねこういう女の子。

何を言っても頑なに協力したがらない女性社員に「人がこんな状態になってんだぞ」とムードメーカーもさすがにキレるが「私は助かりたい、死にたくない。自分を守ることはおかしい行為なのか。本当は助けたい気持ちはある。けど状況についていけず心と身体が一致しない。」とこんな感じのことを言ってたような。もうちょっと説得力あること言ってたけど迫力が凄かったのでよく覚えてない。助けたいけど何も謎が解明されてない今、無謀に動くのもリスクが高いしどうしたらいいのか分からない、みたいな。


イレギュラーにイレギュラーが重なり追い込まれた場面では何が正解なのか誰にも分からず。女性社員の言うことにも一理ある、とムードメーカーは口をつぐむ。

この後はなんやかんや和解してとりあえず介抱できる人で介抱しようみたいな流れだった気がする。結局女性社員も最終的には協力してくれてたような。


が、嘔吐し痒がってたはずの社員が大人しくなる。一同 えっ てなるが確認するとその社員、死んでいる。

最悪の状況になってしまい動揺が走る。ふと見ると身体中が血塗れになってるピリピリおじさん上司。搔きむしりすぎたせいなのか理由はよく分からない。なんせ本人は血塗れの自覚もないほど朦朧としてた。症状としては末期になりつつあることがわかる。

そんな状況だが充分に処置を施せるような準備は当然なくて。水道水を体内に入れた社員たちはみんな次々死んでいってしまう。ピリピリおじさんは家族の身を案じながら息を引き取った。泣いてまうやろ。


何人もの死体が転がる室内で残ったのはムードメーカー、若手男性社員、女性社員、主人公 の若めな4人。

洪水の音が大きくなってきたかと思いきや排水管やら何やらから水が室内に溢れてきてしまう。この時セットから本当になかなかの勢いで溢れ出してきてる。度重なるリアルな演出にもう驚きっぱなしである。今思い出したけどこのやばい水は触れただけでもまずかったような気がする。もう記憶が曖昧すぎる。


このままじゃこの部屋は水没する!けど排水管から溢れる水が1つしかない出口を塞いでる!ヤバイ!どうする!?パニック。

ここで男性社員ズが漢気みせる。触れるとヤバイっていうのに排水管を手や口で塞いで女性社員ズに「先に出るんだ!!」と誘導する。かっこいい。


当然女性社員ズもさすがに 行けません!てなるが全員ここで死にかねない最悪の状況であることを諭され、男性社員ズが開けてくれた道を通って脱出を試みる。


この時の演出がまた凄い。

単純に出口までの数メートルをまっすぐ行くだけなんだけど、水没しそうな部屋を出て行く女性社員ズにスポットが当たり、スローモーションのように一歩一歩振り返らずにゆっくり歩く。その様子を死んだ社員が一斉に起き上がって後ろから見届けている。

多くの犠牲のもとに部屋を出て行く女性社員ズの心情風景をうまく表現した素敵な演出だった。なんでみんな起き上がったの?なんて愚問は出てこなかった。凄い。


排水管から溢れる水を抑えながら、ムードメーカーは気づく。

ラジオから聞こえてきた変な音の正体は、水の音だった。

情報局も既に水没した後だったのだ。


女性社員ズが無事に部屋を脱出した後、排水管からの水を浴びまくり男性社員ズもさすがに力尽きる。口で塞いでたため顔が見えなかったが振り向いたらなぜか顔が血塗れ。だから何で????


最後、誰かは忘れたが男性社員の1人が暗転した水浸しの室内で、実家の母親への後悔を語りながら息絶える。

すごく悲しくなるシーンなんだけど大事な内容を覚えてないという。

ただあまりにも悲痛すぎるその語りが、心の純粋な部分を突き刺してきたことだけは覚えてる。

物語は暗転のまま、それで終幕。



この舞台、終わった後もまた良い。

暗転のまま終わって、カーテンコールのため照明がパッと付いた瞬間に水浸しのステージで横たわってた役者たちが一斉にバシャァッ!と起き上がる。厳かな表情で。

そして無言で舞台上に並んで礼。



近年、体験型舞台というかお客様参加型の舞台は増えてきていて、客が白い紙吹雪を撒いて会場中が真っ白になる舞台もあったし、役者の合図で客が持ってる旗を振る演出がある舞台もあった。

これは客が参加する形の舞台ではないけれど、舞台上でのことをどこまでもリアルに感じられる舞台だった。

目の前でカップ麺を食べるし、煙草も吸うし、吐いたりもするし。

水の正体とか、みんながどういう疾患にかかって死に至ったのかとか、なんで1人だけ水飲んでも平気だったのかとかは最後まで分からないままだったことも多いけどそれはさほど重要な問題ではないんだと思う。窮地に立たされた人間同士の感情が交差する様がメインなのかなと。


舞台の可能性が無限であることを思い知らされた舞台でした。劇団た組、素晴らしかったです。


ちなみにこれは推しが出るからってことで行ったんだけど推しは影が薄くあまり印象に残っていないという。占い好きっていう設定を押されてた割に占いの話は1.2回くらいしかしなかったような。

脇役だしセリフも少なかったので印象に残らなかったっていう印象の残り方も間違ってないんだろうけど。



心に重い何かを残されるような舞台でした。ただ自分に無かった、または深くに埋もれていたような感情を無理やり起こされるような感覚を味わえたり、人間が本来隠したいはずの感情を剥き出しにした様が見れる。それがこういう舞台のいいところだと思いました。







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