芙蓉セツ子さん主宰第一回観桜句会選評

花びらで埋め尽くされた弥生の空がバーチャル空間いっぱい広がり、21世紀とはまさに次元を超えた繋がりの時代なのだなと私は画面に釘付けになっていたのでした…

いつも素敵な配信をしてくださる芙蓉セツ子さんのYouTube句会、前回は観桜会という粋な催しから始まりました。

本当に一緒にお花見をしているような心持ちになりました。場所に併せたセツ子さんのお召し物も可憐でよくお似合いでしたね。
余談ですが、以前書いた『サクラ・クロノス』(2015)という戯曲はバーチャル空間の桜の木が出てきたので、そっくりな景色にあっと思いました。

さて、その後句会になり、いつものようにバタバタと忙しなく句を作ったのですが、今回は皆さんの感想を読むだけにしていたのでは勿体ない。せっかくnoteという媒体も手に入れたし、記録をつけておこうと思いました。

あまり長く選評は書いたことがないのと、何度も読み直すことで突然立ち現れる情景というものも大切にしたいなということから、こんなに時間がかかってしまいましたことをお詫びいたします。

選句・評

**天 大腿骨継ぎて立つ日や桜満つ(ペラ男) **

上の句中の句の力強さと、季語の呼応が素晴らしいなと。エネルギーが感じられまた今年も咲いた桜の、復活への喜びが高らかに謳われているようです。

地 ふらここの陰に時間の落ちにけり(白桃丸)

ふらここの揺れが時計の振り子を思わせてなるほどと思いました。どれほど長い時間漕いでいたのでしょう。けれど落ちていく時間は、一瞬のようにも思えます。

人 剪定の迷い残して雨水かな(ペラ男)人

これも「雨水」は芽吹いた植物が育つための必要な水分という感じで季語が句材にぴたりとはまっていました。

福 死に神の裾のはらはら花の塵(とみた環)

地面を転がる花びらの喩えが面白いなと思いました。一般的に死神は黒衣の痩せぎすの男をイメージしますが、この死神はピンクのドレスの可憐な少女の姿をしていそうで。命の儚さを詠み込むのに軽やかな風情が感じられるのも独特です。

禄 及第の目をあまやかに綿ぼこり(綿井びょう)

まず、言葉選びが綺麗だなと思いました。具体的に想像できなかったのですが、卒業試験に合格したという嬉しさが、綿ぼこりまで好ましいものに思える、という感じでしょうか。
(4/13追記)「あまやか」についてはちょっと言葉足らずな選評をしてしまったかもしれません。辞書には確かにはっきりと記載していませんが、スイートなとかロマンティックなみたいな趣なのではと理解しております。綿ぼこりが舞うところに日光が反射するとキラキラと光りますよね、あの光景が及第という喜びを以てとても美しく見えたとかそういうことではないかなと思いました。

寿 透きとほるワルツ弾くごと花篝(芙蓉セツ子)

これも最初は言葉で選んでしまったように思います。でも花篝の火の爆ぜるリズムを詠んでいるのだと気づくと、一物仕立ての難しさと、ワルツに喩えた優美な感性に思わずため息が出ます。

提出句

スーフィズム桜の中の満開の闇

桜雨アンナカレーニナにはなれぬ

液晶の中の君との花見かな

の三句が村蛙の提出でした。桜縛りで、前掲の『夢観桜』の中の句から(実際には、こちら提出してから『夢観桜』を編んだのですが)と、セツ子さんの配信を観て思わず詠んでしまった(挨拶)句です。

アンナカレーニナの句が、大袈裟だなと思いながら出したのですけど佳作いただきました。
「なれぬ」と「ならぬ」で迷っていたのですが、Twitterアンケートでは「なれぬ」の方が日本人受けが良さそうです(アンナはロシア人)
どちらがいいのかは、後世の人にお任せしましょうか。

追記

先日の「観桜句会」について、セツ子さんがYouTubeでお話されています。拙句や選評も紹介されているのですが、それよりもびょうさんの句の謎(?)について再考されているのが興味深いです。特に「もざいくや」の句、びょうさんのお話ももっと聞いてみたいと改めて思いました。


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