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HSPゆえの、心が大きく揺さぶられた思い出

HSP*HSCメッセンジャー・カウンセラー 上埜 典子です。

前回、「聴覚過敏」からHSPにたどりついたことを書きました。

その中で、裏の社宅の建替工事の時、1年以上、騒音に悩まされたことを書きました。

今回は、工期中で一番心が傷んだこと、
あとから振り返ったとき、"HSPらしい自分"を強く感じた出来事を書いていきます。

 

2018年3月、初めてこの家を見に来た時、
2階の窓のすぐ向こうに、大きな桜の木を見つけました。

伸びやかに枝を広げる姿から、(満開になったら、どんなに美しいだろう・・・!窓からお花見ができるなんて、最高!葉桜も楽しみ!)
と、小さなつぼみを見つめては、住んでいる未来を想像しました。

4月初旬、引っ越してきた時には、桜はすっかり散り始めていて、
「来年の春に楽しもうね。」と少しがっかりしながら、
家族皆で若葉を眺めました。

 
引越後のバタバタが落ち着き、季節は初夏へと移っていった頃、
2階の窓からは、社宅のベランダが見えないほどの青葉が揺れていました。

 
6月、大阪北部地震が起こり、度重なる台風に見舞われました。
桜も、わたしも、ひどく揺さぶられていました。

 
その後しばらく経ったある日、郵便受けに、建替工事の通知が。

見出しを読んだ瞬間、信じたくない思いで、頭がいっぱいになりました。

詳しく記されてはいなかったのですが、
もしかしたら耐震性の問題があって、急遽決まった工事だったのかもしれません。

 
何日か過ぎたある日、扉の向こうで複数の人の声がしたので、
2階にかけ上がって、桜の辺りの様子を見ました。

桜を伐る業者が、打ち合わせをしているようでした。

「えっ。まさか伐るの...?」

(こんなに美しい青葉がキラキラ揺れているのに、なんで?)

(来年の春、満開になった時を楽しみにしているのに、なんで?)

心がザワザワと揺れ始め、落ち着かない中、家事をしていた時に、
チェーンソーの唸るような作動音が聞こえてきました。

ハッとして、慌てて階下を見下ろした時には、
長い枝が切り落とされ、横たわっていました。

ものすごくショックでした。。

(…あ、もしかしたら、掘り起こして植え替えるために、敢えて切り落としたのかも。でも、こんなに大きな木は移植は難しいよね。。どうなるんだろう。。)

その数日後、再びチェーンソーの作動音が大きく聞こえてきました。

何度も何度も長く聞こえてくる、耳を覆っても響いてくる、激しい音。

ある瞬間、作動音が響く中から、機械の音と違う音をひろいました。

それは、幹がメリメリと裂けていく音。
まるで、桜の悲痛な叫び声のようでした。

チェーンソーの音が止まった次の瞬間、
「ズシーン」と木が倒れた音と共に、地響きが伝わってきて、
家も、わたしも、揺れました。

 
 
人間の都合で、伐られてしまった桜。

どんなに生きたかったか、どんなに痛かったか、
と、つい想像し、悲しみが止めどなく溢れてきました。

そして、窓越しに見えていた青葉や、
見ることのできなかった満開の桜に、もう会うことはできないのだ。。

そんな現実を目の前にして、しばらく、放心状態でした。 
 
 
それからというもの、
あんなに楽しみだった”カーテンを開ける瞬間”が、
つらいものになりました。

 
耳の奥に、桜の命を奪ったチェーンソーの音と、
倒れゆく桜の悲鳴が、ずっと鳴り響いていました。

 
 

あれから2年の月日が経ち、
桜が生きていた場所には、新しい草木が植わっています。

こうして思い出しながら書いていると、
風に揺れる葉と、葉の擦れる心地よい音と、涙が浮かんできました。

ここにまだ、悲しみがあることを、見いだしました。

 
あの時、本当は「切らないで!」って叫びたかった。

「なんで切るの!?」って理由を聞きたかった。

「人間の都合で命を絶っていいのか!」って、業者にぶつけたかった。

あの時の感情をないものにしないで、自分に寄り添っていくと、
幼い頃、母に「泣くな。早く泣き止みなさい。」と言われたことが、ふと浮かんできました。

「あぁ、ずっと泣くのを我慢していたんだなぁ。」

感情を抑えてうずくまっていた自分を、
HSPと自覚した"今の自分"が見つけることによって出てきた感情。

無力感でへたり込んだあの時、声をあげて泣いてよかったんだ。
 
泣いてもいい。今の自分が、あの時の自分と一緒に泣けばいい。

 
 
"自分の感情に寄り添うことの大切さ"を教えてもらった、印象深い出来事でした。