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【赫aka】と【黝kuro】

 私にとってのテーマカラーは赤と黒。そしてfusenKazura.のテーマカラーも、もちろん赤と黒。赤は漆の朱赤、黒は墨黒です。
 看板・パッケージ全てが赤と黒です。看板に使用される赤は本漆を使用しています。黒は栃木レザーを真っ黒に染め上げた素地。使う程に風合いを増し、触る程に艶を増します。しっとりとオイル加工が施されたレザーはオイルと革の香りがとても良い品です。価格もそれなりに良いですが、作品になったときの風合いは格別なものがあります。
 私が革と出会ったのは、高校生のころ。ただペンケースが欲しくてお店の中を探していたところ、高校生にしてはとても高級なペンケースと出会いました。今思い出しても、かなり奮発したと思っています。ペンケースの形状も色も構造も、今でも鮮明に記憶されています。今なら、絶対に選ばないキャメル色のペンケースは、とても細かい縫製で細部まで気を遣って仕上げられていました。ペンはあまり入らないけれど、とてもシンプルで機能性に優れ、触り心地もよい、そんなペンケースでした。
 高校生の頃には、かなりの品物を自分で製作していましたので、ペンケースも容易に作れたのですが、革製品は別格でした。材料はない。工具もない。ミシンもない。の、ないないづくし。その時に思ったことはただ一つ。いつか絶対に革製品を自分で作る!ということでした。
 高校生の頃には随分と色々なモノを作りました。まぁ、ものづくりを始めたのが小学2年生ですから、高校生の頃には、相当なレベルになっていたのも正直な話です。きっと読者の皆様は、小学2年生でものづくり?と思われていることでしょう。
 なんと、私、小学2年生でお人形の洋服(ワンピース・着替え式)を自作したのです。親戚の叔父さんの当時の彼女、縫製関係のお仕事なのか、服飾学校を卒業していたのか、全く存じませんが(聞いたかもしれないけれど、8歳の私の記憶には全くございません。笑)洋服の型紙を作ってくれて、生地を一緒に裁断し、手縫いだけれどチクチク縫製する方法を丁寧に教えてくれました。お人形から型紙が作れたことを振り返ってみても、知識も技術もあった方だったのでしょう。どれくらいの時間をかけたかは、もはや記憶にないけれど、着せ替えのできる洋服は無事に完成し、お気に入りの洋服になったのを覚えています。淡い紫の地にアイスクリームやビスケットなどの模様が入った可愛い生地。ワンピースにするのには少し疑問のある選択かも?と思ってしまいますが、それでも、出来上がったことに感動した小学2年生でした。
 もちろん、当時は二度と同じものは作れませんでしたが、間違いなく私が洋裁に目覚めた最初の「ものづくり」だったのです。懐かしい思い出です。それからというもの、母親に本を買って貰っては、本に書かれている通りに作ってみる日々がつづきました。何を作ったのでしょう?簡単な巾着、ファスナー付きのポーチ、アップリケ、小さいマスコットのようなお人形…段々と作るものが、小物から洋服に進化して、小学5年生の頃には、シャツジャケットにトライしました。小物から急な進化ですが、白いウール混のフワッとした生地を見つけて、何か作ろうと!思ったものです。なぜこの生地でシャツジャケットを作ろうと思ったのか?今の私なら絶対に選ばない生地です。ただ、フワッとした真っ白なコートが単純に着たかったのか?若しくは、格好良く感じたのか?です。そして、こちらのシャツジャケットは、相当な時間と手間をかけ完成。完成の暁には、お友達やお友達のママにお披露目し、大層褒めて頂いたのを覚えています。本当に嬉しかったです。
 実は、シャツの仕立ては本当に大変なのです。パーツは多い、ヨークはある、スタンドカラーもある、カフスもあるのです。でも、どうしてもトライしたかった。がしかし、小学5年の私よ。なぜその生地を選んだのだ!と今の私なら助言したことでしょう。裁断はしにくい、縫製もしにくい。見た目は綺麗だけど、重なるところへの配慮が必要。それも今ならわかることです。

 一つ言えるのは、一旦チャレンジして、失敗すると、理解もできるし修正も出来るということ。完成はしたのだけど、細かいところはどうなっていたのかは覚えていません。
 もう一つ、洋裁をしながら覚えたことと言えば。型紙の補正です。当時、小学生の私が購入できる本は大人サイズの型紙ばかり。探せば見つかったのかもしれませんが、手元にゲットしたものがそういう本ばかりでした。一旦、型紙の一番小さいサイズで製作し、そこから立体補正をしていくという方法。よく出来たものだなと思いますが、それしか方法がなかったから…
 これが私のものづくりの始まりです。小学2年生から始めたものづくりも今年で40年が経過しようとしています。歴史が長すぎてびっくりです。実際に革製品を作り始めるお話はまた次回に…
 私の中にあるものづくりの歴史に触れたところで、話を戻しまして、テーマカラーの赤と黒。赤は私の中に無い色、そして必要な色なのです。赤は火のエネルギーを持ちます。力強い火は、私のエネルギーの源なのです。
 2006年にfusenKazura.を起業したときには、実はこの赤は使われていませんでした。カエルが大好きな私はロゴマークもカエルデザインでした。看板も30年乾燥させた天然木に彫刻刀で文字を彫り、白をペイントして仕上げました。文字は、当時のお習字師範であった池田秋濤氏にお願いして書いて頂き、とても温かみのある墨文字のロゴとなりました。香川県のお店後地には今でも残してあります。元々、墨は大好きですので、墨で書かれた風合いの文字と墨=黒。そう、黒は墨黒でどこかに使いたかったのです。その後、ロゴマークを変えたのは2015年。黒をベースに赤を一箇所に入れることにしました。大好きな◯マルを組合せたとても素敵なロゴが完成しました。実は、このロゴの制作にもすったもんだがあり…こちらも、また後の回にて…
 ロゴの完成に併せて、パッケージも赤と黒に一新。オーダーの箱も大活躍です。一つ一つ手作業で作られた箱は、今でもお客様に喜ばれています。
 看板のロゴマークに使用されているのは、本漆です。漆も私の大好きなモノの一つ。地元香川では「香川漆器」と呼ばれる名産品があるほどです。漆の赤は独特な朱赤です。漆の風合い、色合いは、他の製品とは異なる独特な感覚を覚えさせてくれるから不思議です。木に塗られた漆器を手に触れたことがある方も多いと思いますが、軽くて丈夫なのに、品のあるその風合いが何ともいえない高級感を出しています。漆とコラボレーションした作品もいくつかあります。今でもfusenKazura.の高級作品として保管している「魅せる風神雷神図」は、風神雷神の金襴に手刺繍でダイヤモンドとビーズをあしらい、漆作家山下氏が手掛けた漆のハンドルを組み合わせています。ここで使用した漆も、赤と黒です。
 最近の私の楽しみであるヌード撮影ではこの赤と黒をテーマに進めています。私自身のテーマカラーであり、ブランドのイメージカラーです。
 【赫aka】と【黝kuro】
 赫(あか)とは、赤々と燃えるように輝く。勢いが盛んなさま。かがやくさま。さかんに光るさま。転じて名誉をたたえ顕彰するのにいう。
 黝(くろ)とは、黒い。うす暗い。青みを帯びた黒。襲の色目の名。表は青みの黄、裏は黒みの黄。(大辞林引用)
 赫と黝、漢字そのものが妖艶です。そして、その意味もまた素敵です。まさに、自分を象徴しているかのような表現です。火のエネルギーは持たずとも、常に闘う勢いで、常に3倍速く、暗がりであろうとも、気にせず、ひとりで燃え滾っています。漢字って面白いです。そんな楽しさを、専属カメラマンのmAm氏が教えてくれました。
 mAm氏曰く、「この漢字を表現できる人はなかなかいない。だから、是非表現してほしい。」と。私の課題は、「この漢字をヌードでどうすれば表現すことができるのか?」「私の中にこの赫と黝は存在するのか?」「そしてどうすれば赫と黝が的確に伝えられるのか?」しかし、最終的に撮影し作品に仕上げるのはmAm氏の腕に掛かっています。完全なる2人の作品、いや関わる全ての人の手によって完成する作品です。一人一人の知識と技術によって完成される作品です。mAm氏は「蒼く燃える焰の色」という言葉で私を写真で表現してくれます。
 芸術作品を作る上で、私の中に常にあるもの。それは「強さPower」「美しさBeauty」「賢さIntellige-nce」です。作品創りはInspiration一瞬の閃きから生まれるものは、その時にしか完成しません。閃きなのですぐに忘れるし、次のイメージが出てこない場合は、お蔵入りになってしまいます。
 【強さPower】私の中に燃える炎を強さで表します。【美しさBeauty】美しいものへの追求と拘りの強さを美しさとして表します。【賢さIntelligence】知識や技術の完成形として賢さを表します。
 沢山の想いと美しき技を込めた作品を、起業当初から変わらず作り続けて来ました。しかし、約40年の創作活動から少し離れ、2019年には制作を手離しました。今では作り手の応援事業を展開しています。一つ一つの作品に込められる想いをお客様に届けるお手伝いです。作り手と伴走するように共に作り上げることをモットーに、皆様のお力になれる様取り組んでいます。

【fusenKazura.】
https://www.akiyofujimoto.com

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