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羊の○○○○を被ったオオカミ君

「お疲れー」

事務所に入るなり、誰もいない部屋の中に向かって声を出す。
ふう、とロッカーの前にあるパイプ椅子に腰を下ろし、白い毛むくじゃらの重い頭を外し、床に置いた。

「やっぱり違う生き物の鳴き声は難しいなあ」

子供たちの前で出した自分の声を思い出しながら、汗で濡れたたてがみを灰色のバスタオルでザザザと拭いた。

「ゆるキャラブームに乗っかれば、上手くいくと思ってたけど、羊のかぶり物することになるとはなあ」

「でも俺、全然ゆるくないし」ロッカーの扉にかけてある鏡の中で、鋭い牙が光った。

「俺がそのまま出ていっても、子供たちに怖がられるだけだからなあ」
独り言の声が、冷たい部屋の空気を揺らしている。

「一応俺、ベジタリアンなんだけどね」
「それに世間的には俺、絶滅しちゃってるみたいだし。まあ俺が最後の一匹だけどさ」
壁に貼ったカレンダーに目を向けた。赤い丸印の下に場所と時間が書き込まれている。

「でも、見つけたこの道でなんとか頑張らないと」
「それに、子供たちの喜ぶ姿を見ていると、なんか嬉しいしね」

さて、と勢い良く立ち上がり、腰に手を当てて、身体を伸ばす。

「明日のために、羊の鳴き声の練習をしてから帰るか」

メェエ〜

※年賀状に書いている、干支をテーマにしたミニミニ小説です。
今回は羊(ひつじ)がテーマです。求められる役割を演じるのは、ダメなことではないのかもなあと思いました。ギャップを感じることもあるし、本当の自分がわからなくなることもありますけど。


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